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何も知らなかった

「……ふぅ」


 ようやく書けた、とペンを置き、誤字脱字、意味が分からないところはないか、入念にチェックする。

 そして大丈夫なことを確認し、便箋を封筒に入れてから封蝋を押すと、呪文を口にする。


「風よ、カイル様の元へ送り届けて」


 次の瞬間、手紙はヒラヒラと風に舞い、カイル様の元へ送り届けてくれる……はずだ。


(いつも思うことだけど不思議ね。前世では魔法なんて物語の世界でしかなかったけど……、今や手紙を魔法で届けるなんて)


 勇者パーティーが魔王討伐へ向かってから三ヶ月ほどが経つ今日この頃。

 私はカイル様から送られてきた手紙に対するお返事を認め、今送ったところだ。


 最初に手紙を送ってきたのは、カイル様だった。

 勇者パーティー一行が合流し、魔王討伐へ向けて出発する旨が記された手紙が、私の元へ風に乗って送られてきたのだ。

 最初は風に乗って手紙が飛んでくるものだから驚いてしまったけれど、封筒に書かれていたカイル様の字を見て、慌てて封を切ったことは記憶に新しい。


 そんなカイル様からの手紙は、実に彼らしく、簡素で生存報告的なことしか書かれていなかったけれど、私に手紙を書いてくれたのだと思うと嬉しくて胸がいっぱいになった。

 毎回手紙には形式ばった挨拶はなく、必ず、“全員無事です”から始まり、最後は“必ず帰ります”で締め括られる、そんなやりとり。

 毎週送られてくるその手紙を私は楽しみにしており、私も短くもなく長くもない、丁度良い長さになるように計算しながら、手紙を認めて送っている。


 カイル様からの手紙は、もちろん引き出しの中にあるお気に入りの箱に大切に保管している。


 だから、教師の口から語られる勇者パーティーの働きは、全てカイル様を通して既に知っていることも、密かな優越感を抱いてしまったりする。

 我ながら性格が悪いと思ってしまうけれど、カイル様と手紙をやりとりしているのが私だけだと思うと、どうしても嬉しくてたまらなかった。




 そしてカイル様に手紙を送り終えた私は、今日が試験二週間前ということで、いつもの裏庭に来て魔法の特訓を行っていた。


「風よ」


 その言葉で、魔法陣が展開される。

 魔法陣は強力なため、本来はもっと長い詠唱が必要なのだけど、いつ何時魔物が現れても良いように、一瞬で顕現出来るようにしたのがここ最近の努力の成果でもあった。

 そして、遠くに置かれた木の板目掛けて手を翳し、言葉を口にした。


「切り刻め」


 ビュッと手から勢いよく風が放たれる。

 そして百メートル以上先に置かれていた板を木っ端微塵に切り刻んだのを確認し、息を吐く。


「……やはり遠ければ遠いほど、威力は半減してしまうわね」


 今後の課題だわ、と手のひらを見つめていると。


「アリシアさん」

「!」


 その声に、ハッと振り返り慌てて淑女の礼をすると、その声の主……学園長は、苦笑交じりに言った。


「ごめんなさいね、特訓中にお邪魔してしまって」

「い、いえ……、ですが、どうしてこちらへ?」


 こんな場所に学園長がいるとは。

 驚く私に、学園長が更なる驚きの言葉を発する。


「貴女にお話ししたいことがあったのです」

「えっ……」


(が、学園長が私に話!?)


 何かやらかしてしまったかとグルグルと思考を巡らせる私に気が付いたのか、学園長はクスッと笑って言った。


「大丈夫、悪い話ではありません。……それよりも、私が怒られてしまうかも」

「え……?」


 何の話だろうと首を傾げた私に、学園長は私の胸元に視線を落とし、僅かに目を見開いて言った。


「……そのペンダント」


 学園長の言葉に、ハッとして答える。


「も、申し訳ございません、これはカイル……いえ、マクレーン様から貸していただいたお守りで、決して試験の際に悪用するものでは」

「分かっています。貴女はそんなことをせずとも、一位となるでしょうから。

 ……ですが、それを貴女に、彼が託すとは」

「な、何かご存知なのですか?」


 学園長の言い回しに恐る恐る尋ねると、少し逡巡したように答えた。


「そのお守りから、彼の膨大な魔力が感じられます。

 それこそ、彼が持つ魔力の1/3程度がその石に絶えず流れているようです」

「……さ、三分の一!?」


 それってつまり。


「カイル様の魔力の三分の一が、この石に常に送り込まれている、ということですか?」

「その通りです」


 学園長の言葉に、私は軽く眩暈がした。


(カ、カイル様は何を考えているの!? 魔王を倒しに行くのよ!?

 こんなお守りを私に渡している場合ではないでしょう!!!)


 そう怒りながらも、はたと我に帰って彼の言葉を思い出して口にした。


「……確かにカイル様は、私にこのお守りを託した際に、“学園を守るように”と、そう言っていました」

「それなら問題ないでしょう。魔物は膨大な魔力を感じると、逃げる傾向にあります。

 そのお守りから感じられる魔力は、この場に彼がいるようなもの。

 魔物自ら彼に挑むのは、自殺行為と同義ですのでそのようなことはしてこないでしょう」

「!? そ、そんなにこのお守りの効力は凄いのですか!?」

「はい」


 学園長の言葉に、私はショックを受ける。


(カイル様、全然私を信用してくれていないのでは)


 いくら守りたいと言われても、こんな守られ方は望んでいないわ、と愕然とする私に、学園長は少し考えてから口にした。


「……それにしても、彼は本当に貴女のことを大切に想っているのですね」

「えっ?」


 学園長から指摘され、不覚にも顔が赤くなるのが分かって。

 学園長はクスッと笑ってから、「実は」と爆弾発言を落とした。


「私は、勇者パーティーの風属性の枠を貴女に、と推していたのですよ」

「……え!?!?」

「ですが、彼から止められたのです。

 “彼女を引き入れるのなら僕は力を貸しません”と」

「!?」


(な、な……!!!)


 私が、本当は勇者パーティーに選ばれていた?

 それを、カイル様が……。


「学園長先生を脅してまで私を勇者パーティーに入れたくなかったということですか!?」

「そうなりますね」

「……酷い」


 どうして、そこまで。

 カイル様はそんなこと、一言も言っていなかった……と思ったけれど、そういえばあの夜、何度も謝られたことを思い出す。


(……自覚はあったのね!)


 最下位から血の滲むような努力をしてここまで上り詰めたのに!

 と憤りを隠せないでいると、学園長は苦笑して言った。


「怒らないであげてください。本当に、彼は貴女のことを守りたいのだと言っていました。

 ……本来、全属性が使える魔法は基本三属性までと知っていますか?」


 それは、初耳の情報で。黙って首を横に振ると、学園長は教えてくれる。


「全属性といえど、全部の属性が使えるわけではないことはご存知だと思います。

 そして、三属性以上習得しようとしたり、属性毎に満遍なく強化を行わなければ、精神や身体に影響を及ぼします」

「……!?」


 それはつまり。


「命懸け、ということですか?」

「そうです。だから、百年に一度現れる全属性の魔法使いは、皆自分の力を恐れ、自分自身で魔法を使うのではなく、支援に回る。

 だから、魔王討伐の際には回復職として、その力を使っていたそうです」

「……っ」


 知らなかった。

 全属性の魔法使いは、複数の属性を操ることを恐れていたなんて。


(それなのに、私)


「……カイル様に、酷いことを言ってしまった」


 出会った当初、カイル様が全属性であることに自信を持てないでいたことを知った私は、自信を持ってもらおうと口にした。


『万能ですね』、『強くなれば良い』、そう言った類の言葉を。


「何も知らなかったくせに、私はなんて、酷いことを……」


 カイル様は、苦しんでいたんだ。

 精神にも、身体にも影響を受けながら魔法を習得するのは、どれほど勇気がいっただろう。

 それなのに……。


 思わず手で顔を覆った私に、学園長は続けた。


「ですが、今の彼はそれを微塵も感じさせることなく、誰よりも強い魔法使いとなった。

 それはなぜだか分かりますか」


 その言葉に首を横に振ると、学園長はゆっくりと告げた。


「貴女がいたからです」


 学園長の言葉に、息を呑む。

 学園長は思い出すように口を開いた。


「まさか私も、全属性である彼が最高峰の魔法使いにまで上り詰めるとは思いもよらなかったので、尋ねたのです。

 強さの秘訣を、彼に。

 そうしたら、貴女を守るためだと」

「……っ」


 学園長にもそう伝えているとは思わなくて。

 顔が熱くなるのが分かり、どう答えれば良いか分からなくなっていると、学園長は言った。


「だから、彼をあまり責めないであげてください。

 もちろん、貴女の気持ちも分かりますが、彼は彼なりに健気にも貴女のことを想って、必死だったのです。

 ……そのペンダントを見たら一発で分かります」

「…………」


(カイル様はそこまで、私を想って……)


 無言でペンダントを見つめてしまっていると、学園長は言った。


「今聞いたことは、すべて胸の内にしまっておきなさい。

 貴女とお話が出来てよかったです」

「わ、私も。貴重なお話を、ありがとうございました」


 慌てて頭を下げれば、学園長は頷き答える。


「今後の貴女の活躍も、期待していますから」

「ご期待に添えるよう、精進します」


 私の言葉に頷くと、学園長は瞬きをしている間に消えていた。

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