託された願い
「なっ……」
額に触れた感触。大人びて色気が増したカイル様の顔の近さに、一瞬卒倒してしまいそうになったけどグッと堪える。
そんな私を見たカイル様は、戸惑ったように尋ねた。
「……嫌、でしたか?」
「っ!!」
嫌なわけがない。むしろ。
(嬉しい……だなんて言えるわけがない!!)
私は一時的な婚約者だもの!!
という葛藤の末、首を全力で横に振れば、カイル様は少しホッとしたように安堵する。
「良かった。衝動で、つい」
「……つい!?」
「すみません、迷惑でしたよね」
「そ、そんなことはないですけど! っ、すっごく心臓に悪いです……」
「!」
ありえないくらい鼓動が速くなっているのが自分でも分かって。
耳まで赤くなっているであろう自分の頬を押さえると。
「……可愛い」
「へ!?」
これまたありえない言葉に顔を上げる。
けれど、カイル様の熱っぽい瞳を、表情を見て、それが本心であることが見て取れて。
「……っ」
思わず呼吸をすることも忘れてしまう私に、カイル様は言った。
「……先程の言葉」
「え?」
「“カイル様と共に戦いたかった”という言葉に対して、反対ですと言ったのを覚えていますか」
突然の話題転換だったけれど、そういえば、カイル様と会う前に呟いた私の独り言に対して彼が答えていたことを思い出して頷けば、カイル様は言った。
「確かに、貴女がいてくれたら僕達は無敵になれると、そう思います。
ですが、魔物と対峙している時いつも思うのは、貴女がいなくて良かったということです」
「! ……それは、どうして」
「魔物退治は常に危険と隣り合わせです。
恥ずかしながら、初陣を踏んだ時は騎士団に助けられなければおそらく死んでいたでしょう。
僕だけではなく、それは殿下も聖女も同じでした」
「っ、それだけ過酷、ということですか」
カイル様は黙って頷く。
その表情で深刻さは十分に伝わってきて。
私は思わず口にした。
「だったら尚更、私も力をつけてカイル様達の仲間になりたかったです」
「それは駄目です」
「なぜ」
「貴女を守りたいからです」
「……っ」
カイル様の言葉に、私の瞳から急に涙が溢れ落ちる。
驚いたカイル様は、慌てて溢れた涙を拭った。
「な、泣かないでください」
「カイル様が、泣かせたんです……」
「〜〜〜分かっていますよ! 貴女の気持ちは!」
カイル様はそう言うと、自身の前髪を苛立ったようにかきあげ、言葉を続けた。
「僕の心配を差し置いて、貴女はどこまでも強くなろうとする。僕と肩を並べて戦うためだと言って。
……その姿はとても素敵で、僕自身も目が離せないでいる。それは認めます。
ですが同時に、貴女を一ミリたりとも傷付けたくない」
「っ、それは、私だって同じですよ。
カイル様に、傷付いてほしくありません」
「それなら大人しくここで待っていてください」
「!!」
その言葉は、まるで突き放されたようで。
思わず踵を返そうとした私の手を、カイル様は強く引く。
「逃げないで」
「……っ」
必死に訴えるような切実な声と、彼の腕の中に囚われ、身動きが取れなくなる。
カイル様はそのまま言葉を続けた。
「もう、半年前のようにお互いにすれ違うのだけは嫌です。
だから今度は、どうか僕の話を最後まで聞いて下さい」
「…………」
そんなことを言ってのけるカイル様に対して何だか悔しくて。
せめてもの抵抗をと無言を貫けば、彼はそれを肯定と捉えゆっくりと私を解放して言った。
「僕は、貴女に生きてほしいのです。
だからきっと、もし貴女が勇者パーティーの一員になったとしたら、貴女を最優先で守ろうとすると思います」
「っ、それは私が弱いからですか」
「違います。貴女は強いけれど、正義感が強い。
だから、貴女は身を挺して仲間を守ろうとするはずです。
……そうしてもし、貴女が傷付くようなことがあれば……、僕は自分自身を許せなくなると思います」
「!」
初めて聞く、カイル様の想い。
それは、私を大切に想ってくれている何よりの証拠で。
息を呑む私に対し、彼は言葉を続けた。
「もし僕にもっと力があれば、貴女を勇者パーティーの一員として率いて守ることが出来たと思います。
ですが、僕にはそれだけの余裕は残念ながらありません。
だから貴女を、連れて行くことが出来ないのです。すみません」
「カイル様が謝ることではありません!
現に、私は勇者パーティー選抜から落ちたのですし、カイル様のせいではないのですから」
「……」
そうだというのに、カイル様はもう一度「すみません」と謝ってから、私に目を向け口にした。
「代わりに、僕は貴女に頼みたいことがあるのです」
「頼みたいこと……?」
カイル様は頷くと、自身が身に付けていたペンダントを取り、私に差し出す。
「こ、これは?」
「お守りです」
そう言って手渡されたそれは、身に付けていたカイル様の温もりを感じると同時に、よく見ると、石の中でキラキラと魔法の光が舞っているのが見える。
それを見て、ハッとして声を上げた。
「もしかして」
「僕の全属性の魔法が宿っています。つまり、万能です」
「!? そ、そんな貴重なものを私が持っていて良いのですか!?
今まで身に付けていたということは、カイル様にとっても大事なお守りで」
「大事だからこそ、貴女に持っておいてほしいのです。
……僕が魔王を倒して無事に帰ってくるまで、それをお貸しします。
ですから貴女は、そのお守りと貴女自身の力で、この学園を守って下さい。
それが貴女に託す願いです」
「私が、この学園を!?」
思わず声を上げる私に、カイル様は微笑んで言った。
「はい。それも立派な共闘だと思いませんか?」
カイル様の言葉に、私はもう一度手にしているお守りを見る。
そのお守りの魔法の輝きと、重さにふっと笑みをこぼして。
(無力だと想っていた私にも、出来ることはあるのね)
カイル様から、託された願い。
私は息を吸うと、カイル様のオッドアイの瞳を真っ直ぐと見上げて言葉を発した。
「お役目、喜んでお引き受けいたします」
「はい。確かにお任せしました」
カイル様はそう言って微笑む。
そして、月を見上げて呟いた。
「そろそろ時間ですね」
月を見上げ、照らされているその姿は神秘的で。
私はそれを見て、彼を遠くに感じた。
(今日さようならをすれば、次に会うのは魔王を倒してからの約一年後。
……でも、小説通りに行くとは限らない)
最悪の場合、カイル様は……。
そんなことを考えてはいけないと分かっていても、不安は連鎖していく。
最悪の事態ばかりが頭をよぎって落ち着かなくなる私に気付いたのか、カイル様は口を開いた。
「アリシア様、もう一つお願いがあるのですが」
「何ですか?」
「貴女の魔法を、ほんの少しだけで良いので分けていただけますか」
「……え!?」
「やり方は、僕に任せていただければ大丈夫ですので」
カイル様の言葉に頬が熱くなる。
それは、魔法を教えてもらった時と同じあの距離感にならなければいけないと、そう思ったからで。
「な、なぜ私の魔力を?」
「アリシア様の魔力を分けていただけたら、百人力だと思いまして」
「そんなバカな」
確かに、カイル様はここまで風属性の魔法……浮遊魔法を使ってここまで来たのだろうけど、膨大な魔力を持っているであろうカイル様なら、補充するほどの魔力は消費していないはずだ。
「……駄目、ですか?」
カイル様のまるで子犬を思わせるようなつぶらな瞳に見つめられたら、さすがに断れなくて。
恥ずかしさを我慢し、恐る恐る頷くと、カイル様は満面の笑みを浮かべて言った。
「では、魔力をちょうだいしますね」
そう言うと、いつか行ったように、私の両手を握り、額を合わせる。
刹那、私の魔力の血が一瞬だけ騒ぎ、次の瞬間パッと手が離された。
「え……?」
もう終わり? と呆気ない終わり方に目を丸くする私をよそに、カイル様は自分の両手を見つめて呟く。
「……これが、アリシア様の魔力」
「あ、あの?」
「ありがとうございます。これで僕は、無敵です」
「そんなバカな」
私の風属性の魔法ごときで無敵とは。
それ以前に、私の魔力がなくても無敵でしょうと笑ってしまうと、カイル様は首を横に振って言った。
「いいえ。何度も言うようですが貴女がいるから、僕は強くなれた。
……必ず、貴女の元へ帰ってきます」
「!!」
その真剣な眼差しに、魅入られたように目が離せなくなってしまって。
それでも、何とか自分の気持ちを伝えたくて、私は自分の思いが全て伝わるように、言葉に乗せて紡いだ。
「カイル様のお帰りを、心よりお待ちしております」
そして。
「……!?」
カイル様が、今日一番驚いた顔をし、頬に手をやる。
私が口付けた、その頬に。
そんな彼に対し、込み上げる思いが瞳から溢れないように、精一杯の笑みを浮かべて言った。
「ご武運を」
カイル様は何も言わず、微笑み頷いた。
そして別れを惜しみながら今度こそ、空を飛び闇夜へとあっという間に消えていった……―――




