やっぱり解釈違いだけど…
「ずっと、会いたかった」
切実な声音で紡がれた彼の言葉に、震える声で尋ねる。
「どうして、ここに? 壮行会には出られないはずでは」
「出られませんし、出たくありません」
「出たくない!?」
「ちなみに、ここへ来るのも殿下と聖女様お二人に仕事を全部押し付けてここへ来ました」
「そ、それって大丈夫なんですか……?」
「さあ? まあ、いつも僕が一番働いていると思うので良いでしょう。
むしろこのくらいで音を上げられたら困ります」
彼の言葉に、私は思わず突っ込む。
「……ず、随分辛辣ですね」
「それはそうです。あんなところにずっといたらやさぐれますよ。
……だから今は、思う存分癒されたいと思うのですが」
「っ!」
その言葉に反射的に息を呑む。
彼はクスクスと笑うと、抱きしめる腕に力を込めて甘く囁くように言った。
「そろそろ婚約者様の顔を見たいところなのですが……、よろしいでしょうか?」
「ちょ、ちょっと待ってください! まだ心の準備が!!」
そうギュッと自分の手を握りしめたけど。
「……すみません。十分お預けを食らっていたと思うので、もう待てません」
「!?」
前もって尋ねた意味は何だったのか。
私の静止の声など聞く耳を持たず、彼は腕を解き、一歩後ろへ下がった。
「……!!」
その姿を半年ぶりに見た瞬間、私の心は打ち震えた。
「……カイル様」
小さく呟いたその声をしっかりと聞き取ったカイル様は、心から嬉しそうな笑みを浮かべて頷いた。
「はい」
「……何だか、雰囲気がとても、大人っぽくなりました?」
会えなかった半年。
その間に、彼の身長も声も、中性的だった彼は青年へと変化していて。
それでも、その美貌は相変わらずで、特に……。
「髪が、伸びましたね」
肩より短かった髪が、胸元辺りまでに伸びており、それを一つに束ねている。
その髪を見ながら、カイル様は私の言葉の一つ一つを取り溢さず、丁寧に答えた。
「雰囲気が変わったというのは、多分成長した証でしょうか。
確かに、声変わりもしましたし、身長も高くなりました。
鍛えた甲斐があると言うものです。
それから、髪は貴女のご要望通り伸ばしてみましたが……、いかがですか?」
そう尋ねられ、私は迷いなく頷いた。
「とても素敵だと思います」
「それは良かったです」
貴女のご要望通り。
その言葉にトクンと淡く鼓動が跳ねる。
それに対し、カイル様は口を開いた。
「今度は僕の番ですね」
「へ? ……!」
カイル様の手が私の髪に触れる。
その遠慮がちな手は、いつか見た時よりも少し大きくなっているようにも見える。
そんな手でカイル様は私の毛先を触り、じっと見つめて言った。
「……髪、結構切ってしまわれたのですね」
「あ……」
それは、私なりのけじめのつもりだった。
「……ごめんなさい」
「!? い、いえ、髪を切ったくらいで謝ることでは」
「違うんです。私は、カイル様の婚約者失格だから、そのけじめのために髪を切ったのです」
「え……?」
カイル様の目が溢れんばかりに見開かれるのを見て、私も自分の髪を持ち上げ、視線を落として答える。
「半年前、私はカイル様を笑って見送ってあげることが出来なかった。
……カイル様がきっと時間をかけて自ら選んだ道を、私はただ自分の我儘で……、心から笑ってお見送りすることが出来ませんでした」
カイル様は息を呑み、一度開きかけた口を閉じてから、もう一度口を開いた。
「……貴女の言う、“我儘”とはどんな言葉です?」
「え……」
「あの時私に、貴女は何と言おうとしていたのですか」
思いがけない言葉に狼狽える。
だけど、今ならもう良いか、と判断し口を開いた。
「……“行かないで”」
「!」
その言葉に、カイル様の顔が歪む。
(あぁ、私なんてことを言ってしまったんだろう)
「す、すみませ」
「謝らないでください。元はといえば、僕が悪いのですから」
「え……!」
カイル様の手が、私の手に触れる。
そして私の指先だけ握った彼は、その手に視線を落として口を開いた。
「……僕の決断が、貴女を悲しませることは分かっていました。
その表情を、言葉を聞いたら、僕の決心は一瞬で崩れてしまう。
そう思ったら、貴女に言えなくて……、もう引き返せないところまで来たあの舞踏会の夜に、僕は伝えることにしたんです」
「っ」
そう口にしたカイル様も、悲しそうに、申し訳なさそうな表情をしていて。
彼もどれだけ思い悩んでいたかを思い知る。
そんな表情にさせているのは私だと思うと、何も言葉が出てこなくて。
カイル様は言葉を続ける。
「僕の方こそ、貴女に謝らなければいけません。
僕の決断のせいで、貴女を悲しませた。
……でも、僕はこの決断を覆したくなかった。
それは、魔王を倒せるくらい強くなり、貴女を守るためです」
「……!?」
そう口にした刹那、彼に取られた方の腕……左腕が淡い金色の光を帯びる。
それは紛れもない……。
「……光属性!?」
そう声を上げた瞬間、彼の口角が上がる。
魔法の光を帯びたのは一瞬のこと。
魔法が消えた後も信じられない思いで……、開いた口が塞がらないでいる私に、カイル様は尋ねた。
「左腕、痛くありませんか?」
「!」
そう言うと、カイル様が私の左腕を徐々に少しだけ強く掴む。
けれど、以前殿下に触られた時のように痛むことはなかった。
(もしかして)
「……骨折した時の後遺症を、治してくださったんですか?」
「はい。無意識に庇っているのを知っていたので。
光属性の魔法を習得したら、貴女のその怪我を一番に治そうと。
上手くいって良かったです」
さらりと告げられたその言葉に唖然とする。
そして……。
「……えーーー!?!?」
「な、何です!?」
大声を上げた私に、カイル様は心底驚いたような表情をするけど。
「いやいやいやいや! 私の台詞ですよ!!
待って、どういうこと!?
光属性!? え!? 全属性って何でもできるんですか!? チートすぎません!?」
「ちーと……というのは良く分かりませんが、私もまさか使えるとは思いませんでしたね」
「そ、それがどうして!?」
私でも一度きりだったんですが!?
と驚く私に、カイル様は顎に手を当て言った。
「これは恐らくですが……、以前私に治癒魔法として光属性の魔法を施して下さったではないですか。
あの時の感覚を思い出して掴んだというか」
「……は!?」
「僕にも良く分かりませんが、練習したら使えるようになりました」
「……へぇええ!?」
「……大丈夫です?」
「大丈夫じゃありません……」
(本当に意味が分からない……。光属性は、百年に一人現れる聖女、クララしか使えなかったのではないの!?
それが、治癒魔法をかけられたカイル様も使えるようになったって……)
「……っ」
「アリシア様?」
カイル様が首を傾げる。
その姿を見て……、笑いが込み上げてきてしまって。
「っ、あははは!」
私は半年ぶりに、心の底から笑って言った。
「本当、チートすぎません!? でもカイル様なら納得というか……っ、ふふっ、凄いです! 完敗です!」
「……!!」
笑いすぎて溢れた涙を指先で拭うと、ギュッとカイル様の手を握って言った。
「カイル様は、本当に凄いです。カイル様がいる勇者パーティーは、無敵ですね!
魔物だって魔王だって、何だって倒せてしまいそうです!」
「……アリシア様」
「この半年間、正直カイル様にもクララにも置いていかれたと思って辛かったんです。
だから、私も頑張って勇者パーティーに入れば、カイル様と一緒に戦えると思って頑張ったのですけど……、実力不足で叶いませんでした」
「っ」
カイル様が息を呑む。
私は色々な感情が込み上げてきて溢れた涙をそのままに、笑みを浮かべて言った。
「無茶はしてほしくありません。
危ない目にも、もちろんあってほしくありません。
ですが、心から応援しています。
カイル様も、クララも、殿下も……、勇者パーティーが誰一人怪我をすることなく無事に戻って来るよう、この学園で祈りながら待っています」
「……!」
勇者パーティーが帰って来るのは、一年後。
その間に、彼らには様々な困難が待ち受けている。
私はそれらを、小説を通して知っているのだ。
(もちろん、小説通りには必ずしもならないと、私が証明してしまっているけれど)
でも。
「カイル様なら大丈夫だと信じていますから」
そう言って微笑んだ、その時。
「……僕の方こそ、完敗です」
「え……、!」
彼の手が、私の前髪に触れる。
そして、顔が近付いて……。
「!?」
紛うことなき額に触れたカイル様の唇に、私は硬直してしまうのだった。




