同じ気持ちだったんですね
カイル様はすぐに見つかった。
学園のエントランスで生徒達に囲まれていて、よく目立ったからだ。
(どうしよう、この人混みをかき分けるのは大変だけど……)
でも行くしかない! と一歩足を踏み出してからハッとした。
いざカイル様と話をと思ったけれど、今からやろうとしていることは、悪女と呼ばれ、殿下とクララの仲を引き裂こうとしたアリシアと変わらないのではないか。
(そんなことをしたらカイル様にも、引かれてしまうかも……)
そう思ったら、身が竦んでしまって。
一歩も動けなくなってしまった私は、不意に声をかけられる。
「アリシア様」
「!」
その声に振り返ると、身長の高い男子生徒の姿があって。
(確か、同じ公爵家の)
とりあえず淑女の礼をし、「ごきげんよう」と口にすると、彼は少し顔を赤らめ意を決したように口を開いた。
「私と、どうか舞踏会に参加していただけませんか?」
「え……」
その人の声は、良く透る声だった。
だから……、周囲の視線を集めてしまうのも無理はなくて。
「トラヴィス様は積極的ね!」
「良いぞ良いぞ〜」
「……っ」
完全にアウェイな空気、ここで私が断ると目の前の人に恥をかかせてしまう状況に一瞬で置かれ、言葉を失う。
でも。
(言わないと)
意を決して口を開きかけた、その時。
「申し訳ないですが」
ふわりと、よく知る香りが鼻を掠める。
そして、肩を引かれ、これまたよく知る温もりに包まれる。
え、と驚く私の後ろで、甘く中性的な声が耳に届いた。
「彼女は僕がエスコート致しますので」
「えっ」
思いがけない言葉に顔を見上げる。
その距離の近さにヒュッと息を呑む私に対し、彼は一歩後ろに下がると、オッドアイの双眸に密かな熱を灯し、私に向かって手を差し伸べて口を開いた。
「僕の婚約者殿。どうか僕に、美しく勇敢な貴女をエスコートする権利をいただけませんか?」
「……っ!」
その瞬間。周りから一切の音が耳に届かなくなったかのような感覚に陥る。
この場にいるのは、私とカイル様、ただ二人きりの世界だと、そう錯覚してしまう。
先程の恥ずかしさはどこへやら、私は夢現のような現実に、浮かされたように言葉を紡いだ。
「はい、よろしくお願いいたします」
そう言って差し伸べられた手をそっと取る。
カイル様がその手をキュッと握り返した瞬間。
「「「きゃー!!!」」」
辺りが歓声に包まれたことで、今自分が置かれている状況を把握する。
(こ、これって……、ひょっとしなくてもとても恥ずかしいことなのでは!?)
カァッと熱が集中する私の顔を見たカイル様が、何かを小さく呟く。
「……可愛い」
「へっ?」
声を上げた刹那、身体が浮いた……と思ったら、背中と膝裏に腕が回る。
「!?」
カイル様にお姫様抱っこをされたのだと認識したのは、彼のオッドアイの瞳が悪戯っぽく私を見下ろしていたからで。
「行きますよ。僕のお姫様」
「!?!?」
(こ、これも演技なのーーー!?)
なんて凄まじい破壊力……っ!
と声にならない悲鳴を上げる私をよそに、カイル様は颯爽とその場を後にしたのだった。
カイル様にストンと下ろされた場所は、いつもの場所である校舎裏で。
息を吐いたカイル様に向かって慌てて口を開いた。
「お、重かったですよね!? ごめんなさい! 痩せます!」
「そんなことはありません! ……あるとしたら、もっと身体を鍛えないととは思いました」
「……私やっぱり、痩せますね」
「良いです!」
そんなやりとりをしてから、お互いに顔を見合わせるとおかしくてつい笑ってしまう。
そのままクスクスと笑っている私の頬に、不意にカイル様の手が触れた。
「!」
ハッとして見上げると、カイル様の先程の甘やかな瞳が私の姿を映し出していて。
目が離せなくなってしまっている私に、カイル様はポツリと呟く。
「やっと、二人きりになれた」
「……っ」
カイル様が同じことを思ってくれていたことに気が付いた瞬間、靄がかっていた心が嘘のように晴れる。
言葉が出ない私に、カイル様は拗ねたように口にした。
「貴女の元へ行こうとすると、ことごとく邪魔をされるのです。
魔法を使って脱走を試みようとしたのですが……、試験のこともあり、魔法の練習以外での使用は禁止だと教師からこっぴどく叱られまして。
まあ、練習だと言えば全て罷り通りそうですが」
「た、大変ですね……」
「本当に」
カイル様はそう言うと首を傾げた。
「一位になっただけで、こんなに英雄扱いされるものなんですかね」
「それに加えて、カイル様が格好良いからだと」
「……は!?」
カイル様が目を見開く。
私、何か変なことを言ったかしらと首を傾げると、カイル様は慌てて話を振る。
「それを言ったら貴女だって、随分とモテていらっしゃいましたね」
「私?」
「そうです。公爵家の男性から舞踏会に誘われていたではないですか」
「あぁ、あれですね」
「あれですねって……」
「きちんと、お断りをしようと口を開きかけたのですけど、先にカイル様が庇って下さったので」
そこまで口にした瞬間、お互いに気まずい空気が流れる。
(こ、このタイミングで先程のことを思い出してしまった……っ)
そんな私に対し、カイル様は突然謝罪の言葉を述べた。
「すみませんでした」
「えっ?」
その言葉に、私はハッとして口を開いた。
「……も、もしかして、先程の申し出は私を庇うための嘘だったとか!?」
「は?」
「そ、そうですよね!! 私達はただの一時……いえ、婚約者ですし!
カイル様は今や引くて数多! 他の方と踊りたいですよね!」
「そんなわけがないでしょう!!!」
「!?」
カイル様のかつてない大声に動きを止める。
カイル様はそれに気付いたようで、コホンと咳払いしてから言った。
「貴女の思い込みが激しいところだけは、少し直して欲しいかもしれません」
「……すみません」
「話を最後まで聞いてください。……一度しか、言いませんから」
「!」
そう言ったカイル様は、顔を伏せる。
そのせいで顔は見えないけれど、耳が赤いことに気が付いて。
小さく息を呑む私に対し、彼は言葉を続けた。
「僕が謝りたかったのは、目立ちたくない貴女に対し、公の場で婚約者と主張した挙句、舞踏会のエスコート役を買って出たことです。
……いつもの僕だったらそんなことはせず、もっと然るべき場所で然るべき時に声をかけたでしょう。
ですが、貴女が他の男性からエスコートを申し込まれているのを見て、居ても立っても居られなかった」
「……!」
そう言うと、カイル様は私の手を取った。
その手は、先程エスコートを申し込まれた時に差し伸べた方の手と同じ右手で。
彼はその手にそっと自分の手を重ねて言った。
「……僕はただ、貴女が他の男性といるところを見たくなかった。
その一心で、貴女を公衆の面前に晒してしまいました。
本当にすみませんでした」
そう言って頭を下げるカイル様に向かって、私もまた小さく呟いた。
「……そう、だったのですね」
「え?」
今度は、私がカイル様に重ねられた手にそっと力を込める。
驚き目を見開くカイル様に向かって笑みを浮かべた。
「それなら、私も同じです。
私も、カイル様が他の女性と……、いえ、男性でも一緒にいるところを見るとモヤモヤとしてしまいました」
「……えっ」
「だから、カイル様と一緒だと聞いて安心しました!
……それに」
私はカイル様のオッドアイの瞳を真っ直ぐと見つめて、嬉しさを全て笑みに込めて言った。
「確かに目立つことは苦手だけど、全然嫌じゃなかったです。むしろ、嬉しかったというか。
カイル様が、私が婚約者だと皆に仰っていただけて」
「……っ!」
カイル様が息を呑んだ瞬間、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。
「……もう、行かないとですね」
そう口にし、踵を返そうとした瞬間、握られていた手をぐいっと引かれる。
驚き振り返った私に、カイル様は悪戯っぽく笑った口に人差し指を当てて言った。
「サボりませんか?」
「……え!?」
あの真面目なカイル様から、そんな言葉が飛び出るとは。
目を瞠る私に、カイル様は言う。
「もう少し、貴女と居たいです」
そう口にしたカイル様の瞳は、どこか切実な色を帯びているような気がして。
その言葉に、私は異論などなかった。
「私も。もう少し、カイル様と一緒に居たいです」
サボりはいけないと分かっていても、その誘いに惹かれてしまうのは、きっと不可抗力だ。
そう言い訳をして、カイル様と二人きりの時間をもう少しだけと、延長したのだった。
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今週中の完結を予定しておりますので、最後までアリシアとカイルを見守っていただけたら幸いです!
引き続きよろしくお願いいたします。




