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嬉しさと、心配と、戸惑いと。

「すみません、こんなことをしてしまって」

「い、いえいえそんな! 滅相もございません!!」


 首を横にブンブン振っている間に、机いっぱいにお茶菓子が並べられていく。

 未だにこの現状に追いついていないことを悟ったのか、カイル様は説明してくれる。


「アリシア様を婚約者にしたいと言ったら、連れてくる代わりにお前は黙っていろと、そう言われてしまい」

「あら、今のは聞き捨てならないわね、カイル」


 その言葉の迫力に一瞬肩が震える私に、カイル様も肩を竦めると小声で言った。


「我が家は見ての通り母親の独裁政権なので、逆らえないのです」

「聞こえているわよ、カイル」


 夫人はそう言ってため息を吐くと、今度は私に向かって微笑みかける。


「アリシアさん、どうぞ遠慮なく召し上がってね」

「あ、ありがとうございます! いただきます」


 そう言っていただけたけど、今は緊張で何も入らなそうなので、とりあえず紅茶に口をつける。


「っ、美味しい!」

「ふふ、それは隣国でしか手に入らない貴重なお茶なの。お気に召していただけたようでよかったわ」


 そう言うと、夫人は申し訳なさそうに言った。


「改めて、先程はごめんなさいね。試すような真似をしてしまって」

「い、いえ! 私自身も自分の行いを思い出して得体の知れない年上女だと思いましたし、よくカイル様が私を婚約者にと望んでくれたなと思うくらいで」

「そんな言い方はしないでください!」

「あ……、ご、ごめんなさい」


 横から飛んできた言葉に慌てて謝ると、そう口にしたカイル様自身もバツが悪そうに紅茶に口をつける。

 その姿を見ていた夫人は、クスクスと優雅に笑う。


「ふふ、どうやら私の心配は杞憂だったようね」

「え……」

「だから、最初からそう言っているでしょう、母上。

 彼女以上に素敵な女性はいません」

「!?」


 カイル様のど直球な褒め言葉に、赤面してしまうのは不可抗力だと思う。

 それを見た夫人は、笑って言った。


「ふふ、本当。素直で素敵な方ね。

 ……ねえ、貴方もそう思うでしょう?」


 そう言って夫人が意見を求めたのは、辺境伯様だった。

 その辺境伯様は大きく頷くと、眩しいくらいの笑みを浮かべて言った。


「あぁ、もちろん。カイルと、何より君が良いと思うのなら私に異論はないよ」

「そうよね!」


 そう言って夫人は、辺境伯様の手に自分の手を重ねた。


「っ!」


 その仲睦まじいお二人の様子に思わず息を呑む私に対し、カイル様は私の耳元で囁くようにして言った。


「すみません、本当に。あれは日常茶飯事ですので慣れていただければと思います」

「そ、そうなのですね」


 そう小声で返しつつ、内心思ってしまう。


(カイル様のご両親は、とても仲がよろしいのね。……良いなあ)


 ……ん? なぜ良いなあ、なんて思ってしまったのだろう。

 私の家だって両親はとても仲が良いのに。

 そう自問自答してしまう私に対し、夫人は私の方に向き直って言った。


「良いでしょう。貴女とカイルの婚約を認めます」

「「……!!」」


 その言葉に、カイル様と顔を見合わせる。

 そして、どちらからともなく笑みを浮かべると、二人で声を揃えて口にした。


「「ありがとうございます!」」

「ふふ、息もぴったりね」


 そう言われて、今度は恥ずかしくなって俯いてしまうと、夫人は小さく笑ってから言った。


「一応言っておくけれど、私はカイルが闇属性の魔法を使ったことを貴女のせいだとも思っていないし、カイルに対して怒ってもいないわ」

「え……」

「むしろその逆よ。闇属性の魔法を使う……すなわち、命を賭して守り抜いたことを誇りに思います。

 よく頑張ったわね、カイル」

「!」


 その言葉に、カイル様が驚き目を見開く。

 それを見て、そうか、と納得した。


(カイル様は、全属性として生まれてきたことをコンプレックスに感じていた。

 それをご両親はきちんと理解していて、だからこそ余計にカイル様のことを大切に思っているんだわ……)


 心のどこかで、カイル様のコンプレックスはもしかしたらご両親が植え付けたものかもしれない、と思う自分がいた。

 けれどそれは杞憂に終わったことに心の底から安堵していると。


「それからアリシアさんも。カイルを助けていただきありがとうございました」

「え……」

「カイルから聞いたの。闇属性の魔法は失敗だったと。

 ……“彼女が助けてくれなかったら、僕は今頃生きていないし、これからも彼女を守ることは出来ていなかったから”と」

「は、母上っ!!」


 そう声を上げたカイル様のお顔は、耳まで真っ赤で。

 私もつられて顔が赤くなるのが分かり、慌てて夫人の方に視線を戻す。

 夫人は、笑って言った。


「たった一度の、貴重な光属性をカイルのために使って下さってありがとうございます、アリシアさん。

 このご恩はきっとカイルが、一生をかけて必ずお返しするでしょう」


 一生。

 その言葉にツキリと胸が痛んだけれど、それを見て見ぬ振りをして答えた。


「そんな、一生だなんて。

 私の方こそ、もっと努力しなければいけないと思います。

 カイル様のお役に立てるよう、精進します」

「ですって。カイル、貴女の婚約者さんはとても頑張り屋さんで素直でとても良い子ね」


 その言葉に、カイル様は迷いなく頷いて言った。


「はい。僕には勿体無いくらいの素敵な女性です。

 僕もそんな彼女に負けないよう、精進します」


 その言葉に、夫妻が頷いたその時。

 ドタドタと騒がしい足音が響いた。


「!? て、敵襲ですか!? それとも魔物!?」


 咄嗟に声を上げると、カイル様は本日何度目か分からないこめかみを押さえて言った。


「……いえ、この足音は」


 兄達ですという言葉は、騎士団の制服を着たカイル様のお兄様と思わしきお二人が、部屋の扉を蹴破るように開け放った音にかき消されてしまったのだった。





「……本当に、申し訳ございませんでした」


 帰りの馬車の中、頭を深々と下げて謝るカイル様に対し、私は慌てて口を開いた。


「頭をおあげください! どうして謝るのです!?」

「……こうなることが分かっていても、未然に防げない末っ子という自分を情けなく思いました」

「す、素敵なご家族様ではないですか!

 ご両親は愛情が深く、お兄様方も熱血で……」

「その沈黙はなんですか」

「あ、はは……」


 カイル様に直接、お兄様方はどちらも個性的な方ですね……とは言えない。


「ま、まあとにかく! お兄様方はいかにも騎士様!と言う感じがしてとても素敵でした!

 それに、昨日私に言って下さった言葉ではないですけど、カイル様がどのように育ったのか、何となく分かった気がしました!」


 そう本心から口にすると、カイル様は恐る恐る顔を上げる。

 それに対し、私は笑って言った。


「それと、カイル様はお母様似なのですね。

 お顔がとてもよく似ていらっしゃったのと、本当に美人だなあと思いました」

「……それ、女顔っていう意味です?」

「ち、違います!」


 だからと言って中性的です!とも言えず、押し黙る私を察して、カイル様ははーっとため息を吐いて言った。


「……顔はともかく、兄達程ではなくても身体も鍛えなければ」

「え?」

「こちらの話ですので気にしないでください。

 ……明日からいよいよ学園に戻る日ですね」

「…………」


 その言葉に一瞬にして気が沈む私に対し、カイル様は苦笑いして言った。


「まあ、僕達は間違いなく噂の的でしょうね」

「学園に行きたくありません……!」


 目立たないよう過ごすという目標はどこへやら、真逆の方向に進んでしまった私が絶望していると。


「楽しみではありませんか」

「え?」


 顔を上げると、帰りの馬車では自然と私の隣に座っていたカイル様の顔が近くにあって。

 ドキッとしてしまう私に対し、カイル様は笑みを浮かべて言った。


「明日から僕達は婚約者です」

「……!」

「それとも、学園を休みますか」


 その言葉に、私は思い切り頭を横に振り答える。


「いいえ!? そんな勿体無いことは致しません!

 カイル様のご尊顔を隣でたっぷりと拝ませていただきます!」

「……なるほど、アリシア様は僕の顔しかお好みでないと」

「!?」


 そう言うや否や、その暴力的なまでの美しいお顔をさらに近付けた。

 少し動けば、互いの鼻が当たってしまうのではという距離感に息を呑む私に、カイル様は妖艶な笑みを湛えて口にした。


「これからはこの顔を有効活用することに致します」

「ど、どうしてそんな話になるんです!?」

「さあ? どうしてでしょうね?

 自分の心に手を当ててよく考えてみては?」

「うぅぅぅぅ」


 晴れて婚約者になった私とカイル様。

 明日からどんな日が待ち受けているのか。

 嬉しいと同時に、謎に美貌を武器に迫ってくるカイル様の言動による私の心臓の心配と……、それから。


(私達は婚約者になったのであって、一時的であり両想いでは無い)


 ハッピーエンドを目指す私にとって、両想いでなく婚約したことなど今更なはずなのに。

 自ら作った設定に引っかかってしまうのは……、この気持ちが“演技”ではないのだと気付いてしまったからだ。

 そしてもう止まりそうにない、膨らむ一方のこの想いをどうすれば良いのか。


 その気持ちを持て余す私の横で、カイル様もまたある決断をしていたことになど、無論気が付く由もなかったのだった。



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