かつてない緊張感です!
翌日。
(うぅ、緊張する……)
揺れる馬車の中でソワソワと落ち着かない私に気付いたカイル様が尋ねる。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、ではないです……」
昨日に引き続き、今日はカイル様のご両親……、つまりマクレーン辺境伯ご夫妻に婚約のご許可をいただくため、カイル様にお迎えに来てもらってこうして馬車で向かっているところなのだけど。
「マ、マクレーン辺境伯様って……」
「はい」
そこまで口にしてから、「やっぱり何でもないです……」と尋ねることを憚られて口籠もる。
(だって、カイル様に直接“お父様は怖い方なのですか?”なんて聞けるわけがないもの!)
マクレーン辺境伯。
国境沿いに住み、魔物が多く出るという森を統括している、元騎士団団長。
元がついている理由は、その団長の座を今はカイル様のお兄様である長男に譲ったため。
そして。
(辺境伯様はとてもお強く、ついた渾名は“氷の魔王”……!)
その渾名がついたのには、マクレーン辺境伯家の血筋が水・氷属性であり、言わずもがな優れた魔法使いであること、そして。
(他者を睥睨する眼差しが、凍てつくように鋭いことからついたのだとお聞きしたわ……)
「カ、カイル様」
「何でしょう?」
「……私はカイル様の婚約者として認めていただけるのでしょうか」
「!」
そう口にしたカイル様は、私をじっと見つめてから口を開いた。
「認めさせます」
「えっ……」
「僕が婚約者に選ぶのは貴女しかいないと、説得します」
「っ!」
その言葉を言ってのけたカイル様に対し、頬が一瞬にして熱ったのが分かって。
それを見たカイル様はクスッと笑うと、不意に立ち上がり、私の隣に座った。
「!?」
驚く私に、カイル様は近くなった距離で言った。
「まあ、僕が説得するまでもなく、貴女は認めてもらえるでしょう。
だって、貴女以上に魅力的な女性などいないのだから」
「!?!? あ、あああああのカイル様!?」
いつにも増して甘過ぎない!?
え、今二人きりだからそこまで演技しなくても良いはずよね!?
と声にならない悲鳴を上げていると。
「治まりましたか?」
「……へっ?」
「緊張。解れるかと思ったのですが」
「!?」
その言葉で理解した。
(カ、カイル様は私の緊張を解そうとしてくれたんだわ……)
カイル様はきっと、私が自信を持てれば緊張など吹っ飛ぶと、そうお考えになったのだろう。
けれど。
(その甘いお言葉も、何よりこの距離感が一番緊張するんですけど!?!?)
なんてカイル様の善意を無碍にすることなど出来ず、何とか忙しない鼓動を聞きながら「ありがとうございます……」と俯き気味に答えたのだった。
(ど、どうなっているの、この状況!)
目の前にはマクレーン辺境伯ご夫妻、そして、隣にはカイル様。
それはまだ良いけれど……。
(び、美形の迫力って凄いのね……!)
挨拶もそこそこに、席に着いて初めて真正面から見たマクレーンご夫妻は、とんでもない美形だった。
なるほど、カイル様の美男子ぶりは遺伝なのか、と思わず納得してしまうほどに。
その上、浮世離れした美貌の持ち主達にまじまじと見つめられているのだから、尚更。
特に。
(マクレーン辺境伯様が一番怖いんですけど!?)
「アリシア様、と仰いましたね」
「っ、は、はい!」
現実逃避してしまっていた私を一瞬で引き戻したのは、目の前にいる夫人……カイル様のお母様だった。
そのカイル様によく似た眼差しを持つ夫人は、ゆっくりと口を開いた。
「なぜ公爵家のご令嬢という引く手数多の貴女が、カイルを婚約者に? カイルとの出会いは?」
「!」
その質問と眼差しから分かる。
(私、試されているんだわ!)
カイル様に相応しいかどうかを。
それを理解して、震える手を握って意を決して答えた。
「カイル様が魔法を一生懸命練習されているその直向きなお姿を拝見した時に心を惹かれ、私からお声をかけさせていただきました」
「それだけ?」
「っ、は、はい、それだけです」
その眼差しは、まるで見透かされているようで。
(本当は自分の未来のために打算で選んだなんて口が裂けても言えない……!)
冷や汗が背中を伝うのが分かる。
そんな私に、お母様は質問を続けた。
「その後貴女は、カイルに付き纏ったと聞いているけれど?」
「っ!」
「母上!」
付き纏った、という言葉に冷水を浴びせられた気分になって。
(それは、カイル様が仰ったの……?)
カイル様は何か言いかけたけれど、それを夫人は制した。
「今質問しているのはアリシア様に対してです。貴方は黙っていなさい。
……それで、その真意はいかがなのかしら?」
「……その通りです」
「それは、どうして?」
思いがけない質問に、一瞬喉を詰まらせる。
だけど、嘘はつきたくないと自分の気持ちを素直に吐露した。
「カイル様に付き纏ったのは本当です。
最初は婚約者になっていただけないか、顔色を伺いながらでした。
……ですが、カイル様と過ごす中で、カイル様は自分の自由時間さえ削って私に勉学や魔法を教えて下さったのです」
本当はそれよりも前、殿下と口論になったのを庇って下さった時からカイル様をもっと知りたいと思っていたけれど、それは殿下にも関わることのため、この場で口にすることが出来ないことをもどかしく思いながら、言葉を続けた。
「そうして一緒に過ごす内に、いつしかそれは、カイル様のために頑張ろうと思うようになって。
そこで私は、カイル様のことを……特別だと、思うようになりました」
「!」
その言葉に息を呑んだのは、隣にいたカイル様で。
逆に息を吐いたのは、夫人だった。
「……それで? そんな貴女のために、カイルは闇属性の魔法なんてものに手を出した、と」
「母上! ですからそれは、僕が勝手に行ったことだと」
「申し訳ございませんでした!」
カイル様の言葉を制するように頭を下げれば、お母様は静かに口にした。
「……顔をお上げなさい。謝れとは言っておりません」
「ですが、私のせいなのです。私が出しゃばって魔物を倒そうとしたから……、カイル様がいなければ、私は今ここにおりませんでした」
「……」
黙って私の話を聞いているお母様が何を考えているかは分からない。
けれど。
「どうかカイル様を責めないでください。
私が悪いのです。私がカイル様に守っていただかなくては魔物に勝てないほど、弱いせいなのです。
ですので、これからはもっと精進して、カイル様のお隣に立てるように努力いたします!
ですからどうか、私をカイル様の婚約者として認めていただけないでしょうか?」
そう言ってもう一度頭を下げた、その時。
「ッ、ハハハハハハ!」
「!?」
不意に、低音でこれまた綺麗な声の笑い声が耳に届いて、反射的に顔を上げると、今まで黙っていた辺境伯様が口を開けて笑っていて。
「え……?」
驚き目を瞬かせれば、カイル様は一言言葉を発した。
「父上、母上も。お人が悪いですよ」
その言葉に答えたのは、先程とは打って変わり柔らかく笑う夫人だった。
「あら、息子の心配をして何が悪いの?
カイルは特に、今まで女性との交流がないんだもの、心配するに決まっているわ」
「は、母上!」
「え……、え?」
先程とは明らかに違う部屋の中を流れる穏やかな雰囲気に、再度目を瞬かせた私に、お母様はにっこりと笑って口にする。
「驚かせてごめんなさいね、アリシアさん」
「は、え……」
「少し試させてもらったの。貴女が、カイルに相応しいかどうか」
「……え!?!?」
その言葉に、思わず絶句してしまう私の隣で、カイル様は全て知っていたようでこめかみを押さえた。




