カイル様への“ご褒美”は私得です!?
「僕を、貴女の婚約者にして頂けますか」
「え……?」
信じられない言葉が聞こえた気がして、もう一度震える声で尋ねる。
「い、今、なんて」
「貴女の婚約者にしてほしいと」
「っ!?」
大事なことを簡潔に言うカイル様とその瞳に映る私を見れば、夢ではないことは分かって。
だけど、簡単に信じることなどできなかった。
「ど、どうしてですか!? それが私に求める“ご褒美”だなんて……、私にだけ都合の良いようにしか思えません!」
「嫌なのですか?」
「えっ」
そう口にした紫の瞳はまるで捨てられた子犬のようで。
私は、慌ててぶんぶんと首を横に振った。
「い、嫌なわけがないじゃないですか!
カイル様を婚約者にと望んだのは私の方なのに!」
「なら、良いではないですか」
「……カイル様こそ、どうしてそこまで」
必死なの? と尋ねようとした私の言葉は潰える。
それは、彼が私の肩に頭を置いたからだ。
「っ」
それによって、さらりとした紺色の髪が私の頬に触れて擽ったい上、距離感がおかしいと鼓動は忙しなく脈打つばかりで。
言葉が紡げない私に、カイル様は言った。
「僕は、貴女に救われました。……きっと貴女に自覚はないと思いますが、僕が変われたのは貴女のお陰です。
だから今度は、貴女のためになりたいのです」
そこでカイル様は一度言葉を切り、今度は小さく呟くように言った。
「一時的でも、何でも良い」
「……え」
「名目は、何でも良いのです。貴女の隣で、貴女を守り、貴女の役に立てるのであれば。
それが婚約者だけだと言うのなら、僕は貴女の婚約者になりたい」
「……!!」
呟くように、でもはっきりとそう言い切った彼は、やがて私の肩から顔をあげる。
そして、小さく目を見開いた後……、やがてクスッと笑った。
「その顔を見れば、返事は聞かずともよさそうですね」
「は、え……」
「これから僕の婚約者……、たとえ一時的でも何でも良いのでよろしくお願いしますね、アリシア様」
「……!」
そう言う時に、名前を呼ぶのはずるい。
でも、そう告げたカイル様の瞳はどこか熱っぽく、それでいて嬉しそうでもあって。
その顔を見ていたら、私こそ、たとえ一時的にだとしても、カイル様の婚約者になれたことが夢のような心地がして。
また込み上げてきた想いをそのままに、カイル様に向かって噛み締めるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「はい、こちらこそ。よろしくお願いいたします。カイル様」
「助けていただきありがとうございました」
そう言って頭を下げるカイル様を見たクララと殿下は、驚いたように顔を見合わせる。
私も、彼に続き言葉を発した。
「私からもお礼を言わせてください。私だけではカイル様を救えなかった。
それも全て、クララと殿下がお力を貸してくださったお陰です。
本当にありがとうございました!」
そう言って彼と共に頭を下げれば、クララが慌てたように口を開く。
「な、何を言っているの!? 顔を上げて、お姉様、マクレーン様も!
むしろお礼を言わなければいけないのは私達の方だわ!」
「そうだ」
その言葉に頷いたのは、殿下だった。
私とカイル様が彼を見やると、殿下はこちらを真っ直ぐと見つめて言った。
「君達がいなければ、俺はここにはいなかった。
一方的に君達を疑って罵倒したことも、アリシア嬢の制止の言葉を聞かず、己の力を過信して魔物に立ち向かおうとしたことも。
全て王太子として相応しくない行動をとってしまっていた。
本当にすまなかった」
まさか頭まで下げられるとは思わず、私は慌てる。
「か、顔をお上げください! 貴方が頭を下げているところなんて誰かに見られたら」
「全くです」
「「「!?」」」
私を制するように声を上げたのは、腕組みをしたカイル様だった。
その彼はいつものように前髪で顔を隠したまま、口を開いた。
「謝れば済むと思っているのですか。
僕のことはともかく、彼女のことを侮辱したのですよ?」
「カ、カイル様、私は大丈夫ですけどっ」
「これからは言葉を謹んでくださいね」
「わっ!?」
そういうと、カイル様に肩を引き寄せられる。
それを見たクララと殿下が唖然としている間に、カイル様は断言した。
「彼女は僕の婚約者になる予定なのですから」
「ッ、カ、カイル様!?」
まだ双方の両親にご許可を頂いていないし、今ここで発表しなくても……!
と焦る私に反し、クララはキラキラとした瞳を向けて言った。
「それは本当ですか!? お姉様!」
「ク、クララ?」
「嬉しいです! ついに……、両想いになられたのですね!!」
「「!!」」
その言葉に思わず息を呑んだのは私だけでなくカイル様もだった。
それによって自ら言ってしまった言葉が思い出される。
(そうだわ! 婚約相手には“両想いであること”というのが両親の条件だと言われたから、それをカイル様にも伝えているし、それに、クララにはカイル様に片想い設定まで作っていたんだわ……っ)
そして見上げれば、彼もこちらを見たのが分かって。
「っ!」
一気に顔が熱くなる私に対し、カイル様は一瞬口角を上げた、と思ったら。
「はい。僕はアリシアのことが好きです」
「!?」
「きゃー!!」
突然の告白に驚いたのは私、歓声をあげたのはクララ。
それに。
(い、いいい今呼び捨てにしたわよね!?)
上を見上げれば、カイル様が悪戯っぽく笑っているのを見て気が付く。
(あ、そう! 演技よね! 演技をしてくれているのよね!!)
そう自分に言い聞かせてみたけれど、この胸の高鳴りは一向に収まってくれる気配などなくて。
誤魔化して私も口に出してみようとしたけれど……、出来なかった。
(“私もカイル様のことが好き”なんて、簡単に言えるわけがない!)
その理由はとっくに分かっているけれど……、この感情は“一時的な婚約者”の間には持ってはいけないし気付かれてはいけない。
そう思った瞬間、チクッと胸が痛んだことにも見て見ぬふりをした。
そして。
「……よし!」
気合いを入れた私は、鏡に映った自分を見て気合いを入れる。
あれから一応療養のため、お互いの実家へ戻った私達は、ついにお互いの実家へ挨拶に行くことを決めた。
それは、言わずもがな。
(婚約者として認めてもらうため……!)
正確には一時的の、だけど。
それでも。
「カイル様の、婚約者……」
気を抜けば顔がニヤけてしまう程浮かれていた。
あれだけ警戒されていたカイル様に婚約を承諾してもらえたことが何より嬉しい。
「何としても、両親にも認めてもらわないと」
そう言って拳を握る。
今日は、カイル様が我が家を訪れて私の両親を説得、認めてもらえたら、また後日改めて私がカイル様の辺境伯家を訪れ、説得することになっている。
つまり、今日認めてもらえなければカイル様のご実家に行くこともなくなってしまうのだ。
(そんなのは嫌)
改めて気を引き締めていると、何やらドタバタと廊下が騒がしい足音が聞こえたと思ったら……。
「お、お姉様!」
「!?」
突如ノックもなしに扉が開かれた先に現れたのは、今日のために帰ってきてくれたクララだった。
「ク、クララ!? いきなりどうしたの?」
「話は後!」
「え、えぇ!?」
まだ鏡での身嗜みの最終確認をしていない! と焦る私には構わず、クララはグイグイと引っ張る。
そして引っ張ってこられた場所は、エントランスホールで……。
「……!」
そこにいた人物を目にした瞬間、私は信じられない思いで目を瞠る。
「……カイル、様?」
そう呟いた私の声に、カイル様は顔を上げ笑みを讃えた。
「……っ、ど、どうして」
私の言葉に、カイル様はいつもは隠れていたはずのオッドアイの瞳を真っ直ぐと私に向け、ふわりと笑って言った。
「貴女のご両親にお会いするために、身嗜みを整えました」
そう、カイル様の紺色の長かった前髪は、瞳の上で切り揃えられ、肩まであった髪もボブくらいに切られている。
それによって、もうとてもモブとは言えない、精巧な顔立ちにオッドアイの瞳を持つ美男子がそこにはいたのだった。




