貴女のせいです
そして、運命の試験週間を迎えた。
座学から始まる試験一日目は、魔法史、魔法薬学の二つ、どちらも専門学の試験だ。
ちなみにこの二つが、アリシアにとって最も苦手だった分野だけれど、カイル様のお陰で克服する事が出来た。
(大丈夫、カイル様とあれほど勉強したんだもの)
カイル様は一学年下だけれど、彼は既に学園で習う授業の範囲は全て網羅していると言っていた。
現に、一学年上のはずの私が分からない問題も即答出来ていたし、そんな彼から教わった私は無敵と言える。
(カイル様とはこの4日間、会えないけれど)
“お互い全力を尽くすため、この4日間は会わずに目の前のことに集中する”。
そう彼と約束したからだ。
(大丈夫。私は出来る)
カイル様も頑張っているんだもの、私もベストを尽くそう。
そう心に決め、前を見据えた私の耳に、試験開始の合図を知らせる鐘の音が鳴り響いたのだった。
「……やったあ!!」
三日目の試験を終え、手元にある座学の最後の試験の問題冊子……魔法原理に書いておいた答えの自己採点を終えた私は、嬉しさのあまり両手を挙げ、歓喜した。
「自身最高点はもちろん、点数も中の上にはいることは確実だわ!」
最下位からの中の上は我ながら涙ぐましい努力だと思う。
(後は明日の魔法実技試験のみね……)
明日の魔法実技試験は、対魔物用の魔法の中で自分が最も得意な攻撃魔法を披露することになっている。
この実技試験は全学年共通で、試験毎によって課題が変わる仕組みとなっているため、魔力量が公平に分かる。
そのため、劣等生のアリシアから脱却するには失敗は許されない状況にいるのだ。
「……うっ、緊張してきた……」
全ては明日にかかっている。
そのためにカイル様と特訓してきたのだから。
(カイル様……)
本音を言えば、カイル様に会いたい。
けれど、カイル様と約束したのだ。
お互いに集中しようと。
「我慢我慢」
それでも、早めに寝るにしては何だか目が冴えてしまって。
「〜〜〜あぁもう! 少しだけ散歩しよう!」
夜着の上から薄手の外套を羽織り、寮から出る。
寮には門限があるため、それまでに帰ってこなければならない。
それにしても。
「……ちょっと寒いわね……」
日中は暖かくても、夜は冷える。
最近は夜も部屋に篭って勉強していたから知らなかった。
「風邪を引く前に、早めに帰らないと」
そう呟き、早々に踵を返そうとした瞬間。
「バレッタ様?」
「っ!」
その声にハッと息を呑み、振り返る。
そこには、明日まで会わない約束をしていたはずの彼の姿があって。
「カ、カイル様」
相変わらず顔は見えない。
それが何だか、カイル様に会えた!という感じがして……。
「……なぜ笑っているのです」
「だって、嬉しかったから」
「!」
私は驚いたように息を呑むカイル様の元へ走り寄ると、笑って言った。
「会いたかったのです、カイル様に!」
「えっ……」
言葉を失うカイル様に向かって笑みを浮かべる。
たった三日間会えなかっただけでも、カイル様に会えたという嬉しさと話したかったことが口から飛び出して止まらない。
「座学の試験、全て70点以上は確定しました! 皆難しいと言っていましたが、スラスラ解けたと思います!
魔法論理は論文を書かなければならなかったので点数は分かりませんが、自分では出来た方だと思います!
後は」
「ストップ!!」
「!」
カイル様の手のひらに口元を押さえられる。
それによって目を瞬かせた私に対し、カイル様はハッとしたようにその手を外すと、コホンと咳払いして言った。
「そんなに一度に話されても返答できません。落ち着いてください」
「あっ……、ご、ごめんなさい」
目の前にいるカイル様は至って平静なのに、私だけが嬉しさのあまり捲し立てるように話してしまったことに、恥ずかしさを覚えて謝ると。
「まず、一言だけ言わせてもらっても?」
「え? あ、はい」
急に改まったような態度に驚きつつも、首を縦に振ると。
「そんな薄着で、どうして外をうろつき回れるのです」
「うろつき……、あぁ、これのことですね! 最近夜外に出ることはなかったので、ひんやりすることを忘れていました」
「それもそうですが……ってあぁもう!」
「!?」
そう言うと、彼はバサッと羽織っていた制服の上着を脱ぎ、私にかける。
それによって、私は慌てて言った。
「だ、大丈夫です! すぐ戻りますから!
というかカイル様だってシャツ姿だなんて寒いではないですか!」
「寒さがどうこうの問題ではありません! 僕以外の男性に会ったらどうしていたって言うのです!?」
「え???」
カイル様以外の男性と会ったところで何だと言うのだろう。
首を傾げる私に対し、カイル様は「はぁーーー」と長く呆れたようなため息を吐く。
「良いですか。貴女はもう少し危機感を持ってください。
貴女は淑女なのですよ? そんな薄着で歩くべきではありません」
「……あ」
カイル様に指摘され、初めて彼が意図している意味が分かって。
何だか恥ずかしくなって、カイル様の上着をそっと着直す私に、「分かればよろしいのです」と言ってから、今度は不自然なまでに明後日の方向を向き始める。
「あの、カイル様?」
「……明日も早いですし、もう寝るべきです。寮まで送ります」
「えっ」
そう言って、カイル様は足早に歩き出す。
そんなカイル様の背中を見て……、私は口を開いた。
「迷惑、でしたか」
「え?」
今度はカイル様が驚いたように振り返る。
私はギュッと拳を握り言葉を続けた。
「カイル様は、私といることがお嫌ですか」
「……は!?」
「この四日間、会わないという約束を取り付けたのはカイル様ですよね。
……私はずっと、寂しかったのに」
「え?」
そう口にしてからハッとした。
カイル様も固まっているからだ。
(い、今の聞こえたわよね!?)
「か、かかかか帰ります!!!!!」
「は!?」
「ごきげんよう!!」
淑女の礼をせず、逃げるようにその場を後にする。
(き、消えたい……!!)
自分が放ってしまった言葉に恥ずかしさしか覚えず、ぎゃーーーっと内心叫びながら走っていると。
「待って!!!」
「!?」
焦ったようなカイル様の言葉に反射的に振り返れば、走ってきたカイル様とぶつかりそうになって……。
「「っ!!」」
カイル様に抱き止められる。
かつてない距離、それもカイル様に事故とはいえ抱きしめられているなんて。
「も、申し訳ございませ」
「貴女のせいです」
「え……、!?」
離れようとした私を、逃がさないとばかりにギュッと回された腕に力がこもる。
え、え、と驚く私に対し、カイル様は弱々しく口を開いた。
「……こうなるから、試験期間は集中させてほしいと言ったのに……、これでは逆効果だ」
「え、は……、え?」
この状況が、カイル様が何を言っているのか分からない。
全く追いついていない頭で、カイル様の声だけが耳に届く。
「会っても会わなくても、貴女のことばかり考えてしまう。どう責任を取ってくれるのですか」
「せ、せきにん……?」
相変わらず何を言っているのか分からない。
そんな私の返答がお気に召さなかったのだろう、カイル様は腕の力を解き、私の顔を覗き込むようにして……、ふはっと吹き出したように笑った。
「まあ、良いです。その顔が見られたので」
「そ、その顔って??」
思わず頬を押さえる私を見て、カイル様はもう一度笑う。
そして、それには答えず代わりにカイル様は言葉を発した。
「座学の試験、よく頑張りました。明日の実技試験も頑張ってください」
そう言って浮かべた笑みが月明かりの下でどこか妖艶にも悪戯っぽく見えて、私はこう思った。
(今夜は眠れそうにない……!!)




