ちょっとした仕返し
そうして火花を散らすカイル様と殿下を見て、慌てて口を開いた。
「そ、それで? クララ、確か聞きたいことがあると言っていたわね? それは何かしら?」
内心何を言われるのかとドキドキしながらも話を促す。
先程まで小説のキャラが目の前に〜などと思っていたけれど、この状況がよろしくないことくらい分かっている。
特に、殿下のことをよく思っていないだろうカイル様にとって。
そんな私に対し、クララは真剣な表情で口を開いた。
「その前に、まずは言っておきたいことがあるの」
「言っておきたいこと?」
クララの怖い顔に固唾を呑んでその言葉の続きを待っていると。
「ごめんなさい!!!」
「「!?」」
なぜかクララが謝り、頭を下げている。
それには驚いたものの、私は悲鳴まじりに立ち上がって言った。
「ク、クララ!? 顔を上げて!? どうして貴女が謝るの!?」
この一ヶ月の間、彼女とろくに顔を合わせていない上、思い返しても彼女が謝る理由が分からず困惑しつつも内心焦っていた。
(だってこの構図、どう見たってヒロインをいじめる悪役令嬢じゃない!)
これでは二人を避けていた意味がない! と冷や汗をかく私に対し、クララは頭を上げて言った。
「殿下からお聞きしたの。殿下がお姉様とマクレーン様に顔を合わせる度に何かと突っかかったって」
「つ、突っかかったって」
「殿下は黙っていて下さい!」
そう怒ったように言うクララに対し、殿下は唖然とする。
それは殿下だけではなく、もちろん私も、多分カイル様も。
(……あ、あれ? クララって殿下に対してこんなに当たりが強かったかしら?)
頭の中が疑問符だらけになる私に、クララは言葉を続ける。
「この前、殿下とお姉様が言い争っていた時、マクレーン様がお姉様を庇っていらっしゃったでしょう?
その会話を偶然聞いたの」
「や、やっぱり聞いていたのね……」
その言葉に、クララは頷き言った。
「お姉様が殿下に向かって怒鳴っているところなんて見たことがなかったから。
それに、とても目立ってしまっていたし」
「……そ、そうよね」
目立たないようにしてるはずなのに何をやっているのかしら、と思わず遠い目になりかけたところで、クララに現実に引き戻される。
「その会話を聞いて、これは誰が聞いても殿下が悪いと思ったの。
だから、殿下にその後問いただしてみたら、お姉様が何か企んでいるのではないかと疑っていらっしゃったのだと。
そんなこと、お姉様がするはずがないのに!」
クララから向けられた濁りのない眼差しに、思わずうっと胸が痛む。
(転生する前のアリシアは悪女だから、前のアリシアだったらそういうことをするのよ……)
という良心は痛むものの、今の私はそういうことはしませんと開き直り、口を開く。
「そうね、私は何も企んでなどいないわ」
「でしょう!?」
クララはそう言って殿下をキッと睨むと、その視線を受けてたじろぐ殿下に向かって言葉を発した。
「殿下もちゃんと謝ってください!」
「「っ」」
クララの言葉に、私とその隣にいたカイル様は耐えきれず吹き出す。
それが聞こえたのだろう殿下にギロッと睨まれたけれど、仕方がないと思う。
だって。
(ヒロインがヒーローを怒る姿が母親と子供にしか見えないって傑作じゃない!)
しかもヒーローはあの高飛車な殿下とくるのだから、尚更。
私とカイル様では言い返すのが精一杯だったけれど、殿下の想い人であるクララから言われたら、ぐうの音も出せないのがまた可愛い。
そうして殿下は、怒りなのか恥ずかしいのか分からない、真っ赤な表情をしてやけになったように言った。
「〜〜〜すまなかった!」
その言葉に、私とカイル様は顔を見合わせる。
そして、カイル様は肩を竦めてみせた。
どうやら判断は私に委ねるという意味らしい。
(……素直に謝ったのだから、許してあげれば良いのだけど)
でも、元悪女の私はともかく、カイル様を侮辱した罪は重いと思うのよね、と考えた末、にこりと笑って口を開いた。
「良いですよ」
そう言って顔を上げた殿下に向かい、私は周りに私達以外誰もいないことを素早く確認してから、自身の左腕を指して口を開いた。
「後遺症が残っている私の腕を掴まれたことも、不問にいたします」
「……掴まれた!?」
その言葉に反応したのは、案の定クララで。
私が内心舌を出していることになど気が付かず、クララは思惑通りに憤慨する。
「なんてこと! お姉様が怪我をされた腕を掴むなんて……、あの時お姉様が言っていたのは殿下のことだったのですね!」
「ク、クララ、違う、それは意図的ではなくて」
「意図的でなくても怪我人の、ましてや淑女の腕を掴むなんて言語道断ですわ! 見損ないました!」
「す、すまなかった!」
「私ではなくお姉様に謝って下さい!」
そんなやりとりを目の前で繰り広げられ、自分で蒔いた種であることだけど、何だか想い人に責められる殿下が不憫に思えて、話に割り込んだ。
「だ、大丈夫よ。今後気を付けていただければ、それで」
「お姉様……」
そう呟いたクララに、急に両手を握られる。
驚く私に、クララは泣きそうな目をして言った。
「絶対、ぜーったい! 光属性を扱えるようになったら一番にお姉様の腕を治すからね!!」
「あ、ありがとう」
その圧に押されて若干引き気味の私に対し、クララは淑女の礼をして言った。
「では、貴重なお昼休みの時間にお邪魔いたしました。
マクレーン様、お姉様のことをどうぞ宜しくお願い致しますね!
お姉様、浮遊魔法とても格好良かったです!」
「み、見ていたの!?」
クララはふふっと意味ありげに笑うと、なぜかウインクをして行ってしまう。
その背中を、殿下も慌てたようについて行って。
「「……」」
取り残された私達は顔を見合わせると。
「「っ、あはははは!!」」
どちらからともなく笑いが溢れた。
「殿下の顔、見ましたか!? クララには弱すぎません!?」
「貴女も、結構意地悪でしたよね。あの場で腕を掴まれたことを出すとは」
「許してあげても良いかなとは思ったんですけど、カイル様のことまでバカにしていらっしゃったので、つい」
「……僕のため、だったのですか?」
「!」
そう改めて指摘され、じわりと頬が熱くなる。
それに気付かれないよう、慌てて付け足した。
「よ、余計なお世話だったと思いますけど……っ」
そう慌てて首を横に振る私に対し、カイル様は顎に手を当ててから言った。
「いえ、貴女のお陰で胸がスッとしました」
「え……」
カイル様はそう言うと、笑みを浮かべて口にした。
「ありがとうございます、アリシア様」
「……!」
「そろそろ授業の時間ですね。行かなくては」
「ちょ、ちょっと!? カイル様、お待ちください!!」
カイル様に初めて名前を呼んでもらえた。
誰に呼ばれても、こんなにドキドキと、胸が高鳴った覚えはない。
これはきっと、もしかしなくても……。




