努力は怠りません!
そんなカイル様による手取り足取りレッスンの成果もあり、それから三週間が経った学園生活一ヶ月を迎えようとしている頃には。
「カイル様〜!!」
「!?」
驚いたようにこちらを見上げるカイル様の紺色の髪は、上から見ても艶があり綺麗で。
そして、今日も相変わらず瞳が見えないことを残念に思いながらも、私はブンブンと手を振ると、カイル様は珍しく慌てたように言った。
「どうしてわざわざ学園内で空を飛んでいるんです!? 早く降りてきてください!」
「カイル様を探していたことと、それから飛んでいるところを見せたくて、頑張りました〜!」
この一ヶ月、猛特訓した成果もあり、以前は石ころ……いや、紙さえも飛ばせなかった私が、今では自分の身体まで浮かせられていることに感動していると。
「空を飛ぶならスカートには気を付けてください!
でないとスカートの中、見えてしまいますよ!!」
「え、うそ!? ……きゃ!?」
さすがに気を取られると、落下してしまう程には怪しいけれど。
「っ!!」
落下する寸前、綺麗にピタリと空中で静止した私は、そのままストンと両足から地面に着地した。
それに目を瞬かせているうちに、目の前にいたカイル様は呆れたように言った。
「本当、貴女は無茶をするんですから。まだ浮遊魔法は使いこなせていないでしょう?」
「ご、ごめんなさい……」
褒めてもらうはずが叱られてしまった、とシュンとすると、カイル様はもう一度息を吐いて言った。
「貴女といると、心臓がいくつあっても足りません。本当に、突拍子もないことをする」
「……呆れましたか」
無意識に小さく呟いた言葉は、彼に届いただろうか。
我に帰り、撤回しようと口を開きかけるよりも先に、カイル様は口を開いた。
「もし仮に呆れていたら、僕は貴女とは一緒にいません」
「えっ……、!」
その言葉に顔を上げるよりも先に、彼に手を掴まれる。
その手から溢れ出した銀色の光に驚いているうちに、それは一瞬で終わり、彼は手を離すと事も無げに言った。
「はい、これで貴女の魔力を満杯にしておきました」
「……嘘!?」
「こんなことで嘘をつきません」
「い、いえ、カイル様を疑っているわけではありませんが……」
(確かに、勇者パーティーの際は回復スキルをお持ちだったけど、それを私にまで供給してくれるの!?)
驚きでカイル様を見つめてしまっていると、彼はなぜか頬を赤らめ、コホンと咳払いして言った。
「何です、その目は。貴女の魔力くらい、回復出来ます」
「す、凄いですね……」
「言っておきますが、褒めても何も出ませんからね」
そう言ったカイル様の耳が赤い。
それを見ながら、カイル様の“褒めても何も出ません”という言葉に引っかかっていた。
(カイル様に最近、婚約者になってほしいと言っていないわ)
カイル様と出会って仲良くなったきっかけは、一時的な婚約を結んでもらおうという、そんな打算的な付き合い……のはずだった。
けれど、今は。
(そんな感情抜きで、純粋に彼といることを楽しんでしまっている)
カイル様と過ごす穏やかな時間が、それでいてキラキラと景色が輝いて見える時間が。
私にとって居心地が良く、それこそ私が求めている幸せがそこにあるような気がした。
(って、それではダメなのよ! きちんと婚約を取り付けないと、ハッピーエンドが確約されないもの!)
そんなことを下を向いて考え込んでしまっていた私を見たカイル様は、誤解をしたのか口を開いた。
「貴女の魔力くらい、とは言いましたが、貴女はこの一ヶ月という短期間で随分魔力量が増えました。素質は十分にあると思います」
「ほ、本当ですか!?」
カイル様はその言葉に頷く。
私も笑みを浮かべて言った。
「そういえば最近、先生にも褒められるようになったのです!
魔法が発動出来ることを!」
この一ヶ月という期間中授業で一度、自分の魔法を盾にするという実技授業を行なった。
今まで発動することすら奇跡に近かったはずの私が、風を発現させたことに、教師陣も生徒達も唖然としていた。
「コントロールはいまいちでしたが、今までで一番自分でも手応えがありました。
……その後の皆からの視線は痛かったですが、それでも私の目標は着々と近付いているのです!」
「目標?」
首を傾げたカイル様に向かって、私は笑顔で告げる。
「そうでした、カイル様にはお伝えしておりませんでしたね。
私の目標はズバリ! “目立たないこと”です!!」
「……」
「どうして黙ってこめかみを押さえるんです!?」
「いや、相変わらず色々とツッコミどころが多すぎて……」
そんなカイル様に向かって膨れると、自身の腕を組んで言った。
「分かっていますよ。筆頭公爵家というだけでなく、光属性の妹がいる私は一生悪目立ちをして指を差されることでしょう。
ですが、それでも今までのように何もしないで諦めるよりは、ずっと良い」
「!」
そう口にすると、カイル様に向かって努めて明るく笑って言った。
「それなら私に出来ること……風属性の魔法をきちんと勉強して、一番下のクラスから上がる。
クララと同じでなくても、自分に出来ることはあると思うのです!」
努力を怠って悪目立ちをするのではなく、自分でも足掻いて無難と呼ばれるようになってみせよう。
たとえ一生クララのようにはなれなくても、きっと自分にも出来ることはあるはずだから。
「バレッタ様……」
カイル様に呼ばれ、ハッとして付け足す。
「なんて、折角教えて下さっているカイル様に失礼ですよね、こんな低い目標! ごめんなさい!!」
折角彼の自習時間を割いて私に魔法を教えてくれているのに、出来が悪い私で今更ながら申し訳なく思い、平謝りすると。
「最近、貴女は何と言われているか知っていますか」
「え?」
思いがけない言葉に顔をあげる。
すると、カイル様は微笑みを湛えて言った。
「“良い意味で変わられている”と……、そう一学年下のクラスでも噂されておりました」
「!」
噂されるのも目立つのも、苦手だった。
全てに見て見ぬ振りをして、耳も塞いできた。
けれど。
「……嬉しい」
「!」
ギュッと胸の前で手を組む。
じわじわと心に嬉しいという感情が広がって、気が付けば自然とそう口にしていた。
(私が変われば、それを見て気付いてくれる方々がいる。
私の努力は、無駄ではないのね)
アリシアは、輝かしい未来を約束された妹の隣では、何をしても無駄だと思っていた。
けれど、それは違うと裏付けられたのだ。
それに気付き、私はカイル様に向かって口を開いた。
「ありがとうございます、それをお聞きしてとても勇気が出ましたわ。
私はやはり、今まで努力を怠った分、頑張ってみようと思います。
それがたとえ無駄だったとしても、後悔はしません。精一杯頑張りたいと思います!」
それに対し、カイル様は少し息を呑んだ後、言葉を返した。
「無駄なことなんてない」
「え……」
彼の手が、不意に頭に乗る。
身長差はそこまで変わらないのに、その手は想像以上に大きく、男性のものだということを意識して思わず固まる私に、彼は小さく笑みをこぼしていった。
「貴女の頑張りは報われる、必ず。
そう僕に言ってくれたでしょう?」
「……覚えて、くれているのですか?」
その言葉に、彼は当たり前だというように頷き、笑って言った。
「僕に貴女がくれた、魔法の言葉ですから」
「……!」
そう口にしたカイル様の言葉に、どう返せば良いか分からなくなってしまったのだった。




