④面倒見が良…すぎません!?
そうしてその日は大事を取って休み、翌日からカイル様の魔法の練習に加わって、私も参加するようになったのだけど。
「……それ、本気です?」
カイル様の言葉に、私は頷く余裕はなく、ふぬぬと手に力を込める。
まずは力試しをと、私の目の前に置かれた紙を風魔法で飛ばすことから始まったのだけど……。
「……一ミリも、動いていませんが」
「そう、みたいですね」
なんと、動かすことが出来ない以前に、風が吹かない。
(これは、重症という以前の問題では??)
「これは、何というか……、よく、学園に入れましたね」
「それ、一番言ってはいけないやつだと思います……」
まあ、私も同感ですが。
(私が全く魔法のない世界から転生したから……なんていう問題ではないわよね)
アリシア、貴女はこの学園で一体何を学んできたの?
呆然とする私に、カイル様は顎に手を当て言う。
「まずは基礎に立ち戻るべきでしょうか」
「基礎?」
その言葉に首を傾げたのも束の間、カイル様は私に歩み寄ってきて言った。
「失礼します」
「!?」
そう言って不意に頭を触られる。
驚いているうちに、私の頭や肩に軽く触れながら、カイル様は説明する。
「魔法を扱うには、まずは姿勢が正しくなければいけません。
貴女の場合は、ガチガチに身体を固めてしまっていますから、まずはリラックスすることから、でしょうか」
(わわわわわわ)
そう言いながら、カイル様は私の近くで手取り足取り教えてくれる、のだけど。
(ち、近い!!!)
前世を合わせてもかつてない男性との距離感に、ひえええと声にならない悲鳴をあげる。
そんな私をよそに、カイル様は顔を顰める。
「バレッタ様、聞いていらっしゃいますか。リラックス、です」
「ひゃい!?」
リラックス、という言葉をイケボ&耳元で言われても無理でしょう!?
と慌てる私に、カイル様は首を傾げて呟いた。
「おかしいですね、どうしてリラックスと言うほど固まってしまうのでしょうか?」
貴方のせいです!! という言葉は辛うじて喉奥に押し留めた私は偉いと思う。
(帰ったら、カイル様は鈍感というのも付け足さなくては!)
そうカイル様攻略メモに心の中で書いていると、カイル様は閃いたように言った。
「そうですね、私も丁度風属性を扱えますから、まずは体感してみるのも良いかもしれません」
「体感? っ!!」
今度は悲鳴を上げなかっただけでも誉めて欲しい。
それは、不意に私の両手を握り、額を合わせられたからで。
「!?!?!?」
ありえない至近距離だというのに、カイル様は全く動じることなく口にする。
「まずは、目を瞑ってください」
「め、目を!?」
この状況で!? と焦る私に、カイル様は苛立ったように言う。
「魔法、習得する気はありますか」
「ありますあります!!」
明らかに苛立った様子の低い声音に、ひええと怯えながら、且つ内心ドキドキしながら目を瞑る。
そんな私に、カイル様は続けた。
「今から、私の言うことに集中して下さい。良いですね」
「っ、はい!」
言われなくても、国宝級のイケボを聞き逃しはしないわ! と謎の意気込みをしながら、真っ暗な視界の中でカイル様の言葉に耳を傾ける。
そうして、カイル様は静かに口を開いた。
「まずは、耳を澄まして」
(耳を、澄ます)
「僕の手に、集中して」
(集中……)
そう言われると恥ずかしいけれど、カイル様は至って真面目にやってくれているのだからと自分に言い聞かせ、繋がれた手を意識する。
すると、ふわりと足元から私達を包み込むように風が発生する。
「か、風が……!」
「僕の魔法です。それよりも目を瞑って、掌を意識して下さい」
「は、はい」
ドキドキと心臓が早鐘を打つ。
(これが、魔法……!)
自分で発動することが出来なかったせいもあって、転生して初めて目の当たりにする正真正銘の魔法に、感動が止まらない。
……ってだめだめ、集中しないと!
そんな私に対し、カイル様は言葉を続ける。
「そのまま、風に身を委ねるように、全身で風を受け取るイメージで」
(身を委ねる……)
どうやってやるかなんて、わからなかった。
だけど、カイル様の言葉を反芻するうちに、自分の身体に流れる血が騒ぎ出すのが分かって。
(これは)
「はい、おしまいです」
「!」
それと共に離れた温もりに、ハッとし彼を見やる。
カイル様はほんの少しだけ口角を上げて言った。
「初めてにしては良い感じだったのではないですか?」
「え? もう終わりですか?」
あっという間の出来事に驚きを隠さずにいる私に、カイル様は頷き言った。
「えぇ。魔法が上手く扱えない場合はこうして少しずつ、魔法を習得する術を学ぶのです。
普通は子供の内だったり、同じ属性を持つ親が教えたりするものですが……、そういった経験は?」
「初めてです。私自身が多分、魔法を使うことを嫌がったみたいで」
「どうしてですか?」
その言葉には心底驚いたというように尋ねられ、私はアリシアとしての記憶を辿って答える。
「多分、苦手意識が強かったからではないでしょうか。
どんなに頑張っても、妹には勝てないとそう思っていたから」
「……まるで、他人事ですね」
勘の鋭いカイル様にそう指摘され、私は慌てて口にする。
「そ、そんなことはありませんわ!」
「……そうですか」
カイル様は不審そうだったけど、それ以上は突っ込むことなく俯き気味に言った。
「まあ、気持ちは分かりますが。僕も、辺境伯家の三男の上、全属性とよく馬鹿にされもしましたし」
「それは」
「大丈夫です。今では全属性であって良かったと、そう思っていますから」
「!」
そう口にしたカイル様は、どこか晴れ晴れとしていて。
(あ、あれ? 私と会った時は全属性に関してもネガティブじゃなかったっけ?)
いつの間にポジティブになったの??
なんて考えている間に、カイル様はクスッと笑って言った。
「では、続きはまた明日」
「えっ、続き?」
その言葉に思わず目を瞬かせた私に、カイル様は笑って言った。
「これはまだ初歩の初歩段階です。少しずつ慣れないと、身体に負担もかかりますしね」
「続きってことは、また……」
あんな至近距離で!?
という言葉は恥ずかしくて呑み込んだ私に、カイル様は首を傾げ、口元しか見えないというのにどこか妖艶に笑って言った。
「僕が付いていますから、頑張って下さいね」
「!」
なぜだかその声と表情に返事を返すことも忘れて、鼓動は忙しなくなるばかりだった。




