…それ、絶対褒めていませんよね?
「おはようございます、カイル様」
学園生活三日目。
もはや日課と化しているカイル様の練習場に行き、カイル様に向かって挨拶をしたのに対し、いつまで経っても返事が返ってこない。
驚き首を傾げれば、カイル様は口を開いた。
「どうしたんですか、その顔」
「へ?」
顔が何だと言うのか。
「目の下の隈がすごいです」
その言葉に、私は心底驚いてしまう。
「よくお気付きになられましたね。これでも化粧で完璧に誤魔化したはずですが……、ハッ、これがもしかして愛の力!?」
「違います」
スパッと間髪を容れず答えられ、私は少し膨れて応える。
「そこは少しでも乗ってくれたら良いのに」
「少しでも乗ったら、貴女の場合調子に乗るでしょう」
「よく分かりましたね! ……って、そうではなくて」
慌てて脱線しそうになった話を戻すと、私は目元に手をやり口を開いた。
「本当に、なぜ分かったのです? カイル様に気付かれないよう、鏡を何度も見て確認したはずですが」
「どうして、僕に気付かれたくないのです?」
「へ?」
思いがけない言葉に顔を上げれば、彼がこちらをじっと見ているのが分かって。(相変わらず瞳は見えないけれど)
それに対して、少し恥ずかしい気持ちになりながら口を開く。
「だって、カイル様の前ではいつだって完璧でいたいではないですか。
でないと、幻滅して婚約者に選んでもらえないかもしれませんし」
「……はぁ」
カイル様は盛大にため息を吐くと、口を開いた。
「貴女は馬鹿なんですか」
「!?」
その言葉は、カイル様の口から一番言われたくなかった言葉で。
思わず表情をなくす私に対し、カイル様はすぐに言葉を続けた。
「良いですか、普通隈が出来た顔を見たからと言って幻滅したりなんかしません」
「そう、なんですか……?」
「逆に、ずっと完璧でいられる方が心配になります。普通、女性が弱みを見せてくれる方がドキッとするかと思いますし」
「……ドキッと、するんですか?」
思わず尋ねてしまった私に対し、カイル様は慌てたように言った。
「これは私の話ではなく、一般の男性の話です!」
「カイル様は、一般の男性ではないのですか?」
「〜〜〜あぁ、もう!」
カイル様は怒ったように言うと、私の手を引き、近くにあった椅子に座らせる。
……ご丁寧に、その椅子の上に自身のハンカチを置き、それに私を座らせると言った。
「良いから、休んでいてください!
どうせ今すぐ部屋に戻ってくださいと言っても戻らないでしょうから」
「……ふふ」
「何がおかしいんです?」
カイル様が怒ったように口にするのに対し、私は笑って言った。
「だってカイル様、何だかんだ言って私に優しいんですもの」
「!?」
そう口にした瞬間固まるカイル様に対し、またクスッと笑うと目を閉じて言った。
「分かりました。お言葉に甘えて、少し眠ります、ね……」
目を瞑った途端、酷い眠気に襲われて。
私、やっぱり眠かったんだな、後でカイル様にお礼を言わなきゃ、なんて考えながら眠りに落ちてしまったのだった。
「……ん……?」
なぜだか私、とてもよく眠ってしまったような……。
なんて考えながら伸びをして見渡せば、そこはベッドの上だった。
「……って、ここは保健室!? 私、あのまま眠ってしまって!?」
「うるさいです」
「はい、すみま……って、えぇ!?」
「うるさいです」
二度同じことを言われて黙る私、と言うよりも驚きが優る私に、カイル様は読んでいた本をパタンと閉じて言った。
「起こしても爆睡していたので、ここまで運んできました」
「は、運んできた!? お、重かったですよね、私! 申し訳ございません!」
「いえ、重くはなかったですよ」
「え……」
まさか、あのカイル様が“君は羽のように軽かった”なんてキザな台詞でも言うつもりかしら!? と言葉の続きを待っている私に、彼は告げた。
「魔法を使いましたから」
「魔法」
「そう。でも流石にそれは周囲の目に晒される貴女が可哀想でしたので、運んでいるフリをして手から数センチほど浮かして運びました」
……それって、実質重いという扱いを受けているわよね?
と一瞬思ったけれど、そんなことよりも。
「凄いですね!!」
「!?」
私はカイル様の発言に、思わず前のめりになる。
一方で、カイル様は訳がわからないと言ったふうに首を傾げた。
「どうしてそんなことで凄いなどと言うのです?」
「十分、凄いですわ! 私なんて風属性の魔法使いなのに、石ころ一つ浮かせられないのですから」
「石ころ一つ……、それは、大変ですね」
さすがのカイル様も哀れみの目を私に向ける。
こんなことを言ったら馬鹿だと思われるかもと思いながらも、どうせバレてしまうことだろうからと自虐しながら言った。
「そうなんですよ〜。妹は光属性で別格だし、歳の離れた弟もとっても優秀で!
私は落ちこぼれというか」
「弟さんがいらっしゃったんですね?」
カイル様が目を見開く。私は頷いて言う。
「今は学園に入る前のプレスクールで勉強中なのです」
「プレスクールに入れるということは、相当優秀な方ですよね。
なるほど、だから貴女は公爵家を継ぐことなく実家暮らしを送れる、という訳ですか」
「はい、弟が生まれる前までは長女として、婿に入ってもらう人を探すことになっていたんですけど。
今はそういうこともあって、私には特に役目がなくて。まあ、優秀な弟が出来て私も一安心です。
何せ継ぐことはなくなった訳ですから〜」
そう言ってうふふと笑ってみせれば、カイル様はじっと私を見つめた。(瞳は見えないけれど)
その視線にドギマギしながらも声をかける。
「あの、カイル様? 何か私、変なことを言ってしまいましたか?」
「……貴女は、嘘が下手なんですね」
「へ? ……あいたっ」
コツン、と軽く本で頭を小突かれる。
その本を受け取ると、それは私が昨日から葛藤している本だと分かって。
「み、見ました……?」
恐る恐る尋ねた私に、カイル様は息を吐いて言った。
「見ますよ。どうせ貴女のことだから、魔法を使いこなせるようになろうと、夜通しその本を読んでいたのでしょうから」
「……その通りです。でも、馬鹿だからこの本に書かれていることが全く分からなくて」
あはは、と再度自嘲してみたけれど、虚しい上、何よりカイル様に知られたことが恥ずかしくて。
思わず黙り込む私に対し、カイル様ははぁーっと息を吐くと言った。
「そんな本、分かるわけがありませんよ」
「!」
(それは、私が馬鹿だから?)
そう聞く勇気はなく、代わりに、ですよねと口にしようとして目頭が熱くなった私に、カイル様は言った。
「それ、学者達の論文ですから」
「……へ?」
間抜けな声が出る私に、カイル様は説明してくれる。
「しかも、魔法使いではなく、魔法を持たない人間が書いた、あくまで空想の世界です」
「……へえええ!?」
「何ですか、その驚き方は」
「だ、だだだって! どうしてそんなものが置いてあるんですか!?」
表紙には、何も描かれていなかった。
ただ、ジャンルとして“魔法理論”に置かれていたというのに。
そんな私に、カイル様は息を吐きながら言う。
「恐らくですが、人間側から魔法使いである私達はどう見えているのか、参考として置かれていたのでしょう。
貴女はその、ただの人間が描いた空想の魔法理論書に手を伸ばしてしまったというわけです」
「……じゃ、じゃあ私は、ただの勘違いをしてしまっていた、ということですか……?」
「えぇ、そうですね。ちなみに、一ページ目でこの本は出鱈目だということは分かりました」
「…………」
(私の苦労は一体……)
一晩理解しようと奮闘していた私が馬鹿だった、と自分が思っていたよりも馬鹿さ加減が凄かったことにショックを覚えていると。
「……ふふっ」
「!?」
カイル様が耐えきれない、と言ったふうに笑い出す。
それを見て驚いている私に、カイル様は「失礼」と言って、言葉を続けた。
「貴女は本当に、見ていて飽きませんね」
「……それ、褒めていらっしゃいますか?」
「えぇ」
「!」
彼はそう言って頷くと、私の顔にズイッと身を乗り出した。
それに驚き固まる私に、カイル様は笑って言った。
「本当、貴女は面白い」
「……それ、絶対誉めてないです。
それなら、カイル様が教えてください。魔法の使い方!」
「!」
私が勢いでそう口にすれば、カイル様は意外にも少し考えた後言った。
「良いですよ」
「……へ!?」
思いがけない返答に目を瞬かせる私に、カイル様は悪戯っぽく笑って言った。
「貴女といると、退屈しませんから」
(……それって、どういう意味!?)
その言葉に、不覚にもドキドキしてしまう自分がいたのだった。
20時にも投稿いたします!




