凄く嫌だから。
(やっぱり、私も魔法だけではなく勉強もした方が良いわね)
授業を受けて二日目の昼休み。
午前中の授業を受けても一単語も分からなかったことに衝撃を覚えた私は、別棟にある図書室へと向かっていた。
(本当はカイル様の元へ行きたい所だけど……っ)
きっと彼は、昨日と同じ校舎裏にいるだろう。
けれど、思ったのだ。
(さすがにこのままの私では、カイル様に婚約者になって頂く道は程遠いわ……)
カイル様は、四クラス中上から二番目のクラスに在籍している。
全属性で中級程度の魔法しか使えないと言っていたけれど、それでも最下位の私から見たら十分に高いクラスにいるのだ。
(むしろ、全属性で上から二番目のクラスは凄いと思うわ。属性を満遍なく勉強しなければ、そこまで魔力量を高く保有できないもの)
だからこそ、未来で回復職として勇者パーティーに選ばれるんだわ、と改めて感心しながらよし、と気合を入れる。
「私もカイル様に見合った魔力量……は無理かもしれないけど、少しでも魔力量をあげなければね!」
カイル様にも呆れられないように、しっかり頑張らなくては! と気合を入れたところで、ドンッと誰かにぶつかる。
「いっ……」
た、という言葉は消える。
その代わり、顔を上げた先にいた人物にうげ、と顔を顰めそうになったのを淑女の仮面で取り繕い、すぐに立ち上がると淑女の礼をして言った。
「申し訳ございません、ウィリアム殿下。余所見をしておりました」
お互い様だとは思うけど、ここは大人として立ち振る舞わなければ。
そう思い、謝罪の言葉を述べたのに対し、殿下はいつもながら偉そうに口を開いた。
「前を向いて歩け。……それとも何か、また俺の気を引こうとしているのではないな?」
「は?」
その言い草にカチンときて、つい首を傾げてしまう。
(確かにアリシアはそうだったかもしれないけど、それについては謝ったじゃない!
すぐには許されないとは分かっているけれど、いつまでも私が殿下の気を引いていると思われるのは癪だわ)
そう思い、私は笑みを浮かべて言った。
「ご冗談を。私には殿下ではなくお慕いしている方がおりますので」
「それがカイル・マクレーンということか」
「!?」
その名前に驚いた私に、殿下は「図星か」と鼻で笑って言う。
「昨日といい今日といい、お前がマクレーンの三男に付き纏っているのは知っているからな。俺の次はあの全属性の持ち主とは。
お前は珍しいものが好きだと言うことだな」
「馬鹿にしていらっしゃいますか?」
「いいや? そんなことはない。ただ、筆頭公爵令嬢にあたるお前が、三男の上に年下で全属性だなんていう奇特な人物を好きになる趣味は、さすがに真似できないと思ってな」
「……撤回してください」
「は?」
さすがに我慢ならず、私は殿下だと分かっていても一歩前に身を乗り出して叫んだ。
「撤回してください! カイル様はこの国の大事な逸材です!
私のことを馬鹿にするのはよろしいですが、彼のことまで侮辱しないでください!!」
私のせいで、カイル様の悪口を言われてしまう。
それだけは、凄く嫌だった。
(彼は、あんなに努力しているのに)
それを、目の前のこの男は。
それだけでは怒りが収まらず、私は言葉を続ける。
「家柄も属性も、関係ありません!
いくら殿下といえど、貴族や民を侮辱する言動はおやめください。
それに、私のことがお嫌いなら私だけを攻撃すればよろしいのです!」
「お姉様?」
「「!」」
そう呼ばれ、ハッと振り返る。
そこには、困惑したような表情を浮かべるクララの姿があって。
よく見れば、周りにはいつの間にか人集りが出来ていた。
当然だ、広い廊下のど真ん中で婚約の申し出を断った噂の二人が口論しているのだから。
(しかもよりにもよってクララがいるなんて……っ)
あぁ、こうしてまた悪女としての噂が更新されていくのね……、と遠い目になりかけたのも束の間。
「ここにいたんですね」
「!!」
その声の主は、顔を見ずとも分かってしまった。
そして、なぜだか想いが込み上げてきそうで顔を上げることが出来ない私に、彼……カイル様はどこか優しい口調で告げる。
「探しましたよ。僕と勉強をする約束をしていたでしょう?」
「はっ、ここで味方の登場とは。正義のヒーロー気取りで腹が立つな、カイル・マクレーン」
そうして刺々しい上から目線の物言いをする殿下の言葉に、カチンときた私が言い返そうとするけれど、それを彼が制するように声を上げた。
「ありがとうございます、殿下。僕のような者の名前をフルネームで覚えて頂けるとは光栄です」
「……っ」
「ですが、僕は女性を公衆の面前で侮辱されるとはいかがなものかと思います。
まあ、このような場でなくとも、彼女を侮辱する者は生涯覚えておくつもりですが」
(カ、カイル様!?)
それって殿下に喧嘩を売っているようなものだし、それにもしかしなくても私を庇って……と焦る私に対し、カイル様は口角を上げてさらに告げた。
「全属性として、ご期待に沿えるよう精進して参ります。
……僕も、殿下のご活躍を楽しみにしておりますので。それでは」
カイル様はそれだけ告げると、返答を待たずに私の手を引いて歩き出した。
いつかの時とは逆で、その言動に驚きを隠せないまま口を開く。
「カ、カイル様、今のは」
「しっ、黙って」
「!」
耳元で小さく、短く告げられた言葉にハッと息を呑む。
その耳に熱が集中していくのが自分でも分かり、私はカイル様に手を引かれるまま、おとなしくついて行ったのだった。




