②全属性なカイル様
「……あの」
「はい!」
今日も今日とて口しか見えないそのお顔をいつか拝見してみたいな、なんて頭の片隅で考えながら満面の笑みで返せば、彼は心底戸惑ったように口を開いた。
「どうして今日も、いらっしゃるのですか?」
「決まっているじゃないですか」
私はカイル様に向かってずいっと身を乗り出すと、笑みを浮かべて言い切った。
「私のことを知ってもらいたいからです!!」
「……朝から無駄に元気ですね」
「はい!」
「褒めていません」
そう言って息を吐くカイル様の手には、分厚い魔術書が開かれている。
その魔術書を見て、私は尋ねた。
「その魔術書は、学園の教材ではないですよね?」
「そうですね」
「難しそう……」
思わず呟いてしまう私に対し、カイル様はチラッと私を一瞥してから答えた。
「これは一応、光属性以外の全属性に対応している教材なのです」
「!」
全属性。
その言葉に、私は身震いする。
(前世の小説では、さらっとしか描かれていなかったけど、アリシアの記憶を持つ今なら分かる。
全属性というのは、光属性と同じ百年に一人の割合でしか現れない、複数の属性を満遍なく使える魔法使い……!)
全属性といえど、全部の属性を使えるわけではない。
それでも、普通は一属性に特化している中、複数の属性を扱えるのは極めて稀少だと言える。
小説中、勇者パーティーにおいてカイル様は、その全属性の力を聖女以外の回復職として使っていた。
(聖女であるクララが光属性で治癒を行うのに対し、カイル様は魔力が枯渇したメンバーの魔法を充填することが出来る。
その代わり、自ら魔法を使うことは苦手だと小説中では描かれていた……)
それでも。
「凄いですわ」
「え?」
私は自身の手を握ると、彼に向かって口を開く。
「全属性なんて凄いですわ! とても希少な属性だとお聞きしております!」
「……貴女、何を言っているか分かっています?」
「へ?」
褒めたというのに、何故そんな不服そうなのだろうか。
首を傾げた私に対し、彼ははぁーっと息を吐いた。
「貴女に悪気がないのだろうということは分かりますが……、良いですか。全属性というのはつまり、どの属性にも特化していないことを指しているんです。
特化していないということは、中途半端だということと同義なんですよ」
「そうですか?」
「え?」
私はカイル様の言葉に首を傾げ、言葉を続けた。
「全属性ということは、中途半端などではなく万能だと思いますけれど」
「……は!?」
「だって、その属性しか魔法が扱えないよりは、全部を満遍なく使えた方が便利だとは思いませんか?」
その言葉に、カイル様はポカンと口を開ける。
その発想はなかった、というような空気に、私は思わず笑ってしまう。
「カイル様って頭が良さそうなのに、なぜそんなことを仰るのですか?」
「そんなことって……」
カイル様は俯くと、ふるふると肩を震わせた……かと思ったら、私の肩をガシッと掴む。
「!?」
その強さに思わず驚く私に、カイル様は怒りを露わにして言った。
「貴女に何が分かるのです!? ……全属性なんて、使えても強くなければ意味がないんですよっ!!」
「なら、強くなれば良いではないですか」
「……は?」
私はカイル様の見えない瞳をじっと見つめて、言葉を発した。
「全属性がバカにされること自体が間違っていると思います」
そう、全属性はカイル様の言う通り属性に特化していないとバカにされている。
全属性は光属性以外の魔法を満遍なく使える代わりに、特化型の魔法使いよりも弱いと言われているからだ。
でも、私は。
「全属性はとても便利だと思います。どの分野にも対応可能ということを意味しますし。
そう考えると、貴方のことをとやかく言う方々は、妬み嫉妬根性丸出しなんでしょう」
「妬み嫉妬……」
「えぇ。私はそう思います。
それなら、目にものを見せてやれば良いのです」
「……どうやって」
カイル様は少し掠れた声で尋ねる。
そのことから、カイル様がどれだけ自分に自信を失ってしまっているのかが分かって。
(彼はきっと、全属性だとバカにされてきたのね。でないと、ここまで弱気にはならないはずだわ)
でも、私は知っている。
小説では、貴方が勇者パーティーに選ばれ、その力を遺憾なく発揮し、正真正銘仲間の戦力になっていたことを。
そして、歴代の全属性の魔法使いで初めてカイル様が勇者パーティーに選ばれたことも。
(貴方はモブキャラなどではなく、縁の下の力持ちだったんだわ)
だから、私が今かけるべき言葉。
それは。
「自分の力を、信じてあげれば良いのです」
「自分の、力を?」
途切れ途切れに口にしたカイル様の言葉に迷いなく頷き、笑みを浮かべる。
「以前にも申し上げたかもしれませんが、努力すれば必ず報われます。
……私の言葉では信用ならないかもしれませんが、騙されたと思って信じてください。
一年後、貴方のその力は必ず自分の……、誰かのためになるはずです」
「一年後……?」
「はい。これ以上は、お答えできませんが」
勇者パーティーに選ばれることは話すべきではないと判断し、そう口にすれば、彼は押し黙ったかと思うと……。
「……っ、ふふふふ」
「!?」
急に笑い出したカイル様に驚き、目を見開けば、彼は涙まで浮かべたのか、長い前髪の下に指先を添えながら口を開いた。
「どうしてでしょう、貴女の話は荒唐無稽な話のはずなのに、なぜだか本当にどうにかなってしまいそうな気がしてしまうのは。
……悩んでいた自分が、馬鹿みたいだ」
「こ、こうとうむけい?」
どういう意味かを尋ねようとした私に、カイル様はクスクスと笑うと、私に向かって頭を下げた。
「ありがとうございます、バレッタ様」
「……!」
「貴女の言う通り、まずは頑張ってみようと思います」
「っ、が、がんばって、ください」
「はい」
彼は頷くと、魔術書と再度向き合う。
そして私はというと。
(……今、バレッタ様って、呼ばれた?)
名前でもなく、ただ名字を呼ばれただけなのに。
ただそれだけで嬉しく思ってしまうのは、少しでもハッピーエンドに近付けた気がしたからか、それとも……。
「やったあ!!!」
「静かにしてください」
「はい、ごめんなさい」
つい調子に乗ってしまったと肩を竦めながら、魔術書と向き合うカイル様の姿を彼の特訓が終わるまで見ていたのだった。




