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第一話 新たに婚姻の契りを結ぶことになった相手は美男子のようでございまする

 数日後。


 舞姫(まいひめ)は隣国、上ノ方(かみのかた)の領内を歩いていた。


 件の新しい婚約者――もとい、夫の元へ馳せ参じるためである。


 乾いた道を歩く彼女の足取りは重い。

 

 別に顔も知らぬ相手に嫁ぐこと自体はどうでもよかった。

 政略結婚は戦国の世の習い。大名の家に生まれ落ちた日から、いつかこの時が訪れるのはわかっていた。

 

 ただ――

 

 彼女は、腰元よろしく真兼(まさかね)にはべっていた妹の姿を思い出す。

 

 小国の下ノ方(しものかた)が群雄割拠乱れるこの時代に生き残っているのは、ひとえに強大な武力を有する隣国と同盟関係にあるためだ。

 逆に言えば、隣国が衰えれば、それすなわち存亡の危機と相成る。


 ひるがえって真兼だ。

 彼は剣の腕は立つという話であるが、肝心のおつむの方は――歯に衣着せぬ言い方が許されるなら『空っぽ』である。

 現に外面のいい妹を見て、上辺だけであるかどうかと疑うことさえせず、あっさり篭絡(ろうらく)される始末。


 バカ殿とその殿に媚びて都合よく使うだけの妃。

 

 これで愛する祖国の未来が明るく見えるのであったら、それこそ目が節穴というものであろう。


 はぁ、と思わずため息を吐くと、後ろを歩いていた侍女が声をかけてきた。


「姫様、いかがなされましたかコン? もしかして、お疲れコン?」

「大事ない。少し気がかりがあっただけじゃ」

「あと一つ峠を越えれば、着きますコン。ここらで休憩にしましょうコン」


 彼女の提案に従い、舞姫は足を止めて、傍らの切り株に腰を下ろす。


「しかし、ひどい話ですコン。大名の姫君を着の身着のまま、送り出すなんて……」

「そう申すな」


 と言ったものの、さすがの舞姫もげんなりしていた。


 普通、武士の娘の輿入れとなれば、お付きの者が列を成し、文字通り輿に乗せられて相手方の元へ向かうはずである。

 

 それが徒歩。

 付き人は、奇妙な喋り方をする侍女が一人。

 嫁入り道具もなし。


 そこらの百姓の娘の方が、まだまともな嫁入りをしているのではなかろうか。


「なにしろ、あの若君の言い付けじゃからのう」


 ――我が家のしきたりなので、嫁は手ぶら、かつ徒歩で相手の元へ行って欲しい


 そんな見えすいた嘘を告げたのは、もちろん、元婚約者の真兼だ。

 大方、妹が餞別代りのいやがらせとして、彼に吹き込んだのであろうが、いったいなぜ彼女はここまで自分を嫌うのか。

 子供の頃は、弱っていたキツネを助けるような優しい子であったのに……。


「さて、イズナ。そろそろ参るぞ」


 考えても栓がないので、舞姫は立ち上がって、侍女に告げた。


「はいですコン」


 ほどなく目的地に辿り着いた。

 

「ここですかコン……」

「そのようじゃな」


 こじんまりとした民家である。

 ごくありふれた百姓の住まいにしか見えない。

 

 入口で一人の少年が箒をはいていた。

 彼女らに気付くと、慌てて駆け寄ってくる。


「これはいずこの姫君にあられますか?」


 嫁にきた旨を伝えると、彼は大層驚いて――やはり徒手空拳のしきたりは嘘だったのだろう――彼女を丁重に屋内に案内した。


 ――さて。我が夫は、いったいいかなる人物か


 土間に足を踏み入れつつ、舞姫は思う。

 

 噂によると、二目と見られぬ面体(めんてい)で、身も心も領内一の醜さという話であるが……。


 土間の向こうには、板張りの床が続いていた。

 そして、囲炉裏の前に一人の人物が座っていた。


「よくぞ参られた」


 ――おや


 内心、驚く舞姫。


 色白で繊細そうな顔立ちの青年だ。

 真兼とはまた違うタイプだが、大変な美形である。

 なにより、元婚約者やここ上ノ方を治める彼らの父親と違って、粗野な雰囲気が微塵もうかがえず、柔和な表情を浮かべていた。


 聞いていたイメージとぜんぜん違ったが、そんなことはおくびにも出さず、彼女は三つ指をついて頭を下げた。


「舞と申します。ふつつかものですが、よろしくお願いします」

影雪(かげゆき)じゃ。楽になされよ」


 それきり無言の時が流れる。


 ――?


 自分のことをひたすら見つめ続ける影雪に、心中で小首を傾げる舞姫。


「いやすまぬ。あまりにも夢のようでな……まさかそなたと、このように夫婦(めおと)となれる日が来るとは」


 ぽつりと告げる影雪。

 その目は熱に浮かされたように潤んでいる。


「幼少の頃、一度だけお会いしたことがあるのだが、おぼえておられるか?」


 うーんと心中でうなる舞姫。


 ――あ。思い出した。


 六つの頃、婚約者となった真兼と初めて顔合わせした折に、後ろの方でモジモジしながらこちらを見ていた(わらべ)がいた。

 当時も綺麗な子だなー、と思ったものだが、そういえば眼前の新郎にはどこか面影が残っている。


「お久しゅうございまする」


 彼女の言葉にパッと顔を輝かせる影雪。


「おお! 見知りおいてもらえていたか!」

「殿の方こそ、わたくしめなどをよく覚えておいでで」

「忘れるものか。あの日から、そなたは片時もわしの心を離れたことがござらぬぞ」

 

 はて? と小首を傾げる舞姫。


「なにか殿のお心に残るようなことを、私が仕りましたでしょうか?」

「したとも! 馬になれなどと言っていた兄上を、そなたは殴り倒したであろう?」


 そういえば、そんなこともあった。

 あまりにもわがままかつ偉そうな餓鬼だったので、婚約者とか知らねえよとばかりに、顔面に失礼させてもらったのだった。

 

「あの時のそなたのりりしい眼差し、凛とした佇まい……いまだに目に焼き付いておるぞ」


 はぁ……。


 熱く語る夫と裏腹に、白けた気分になる舞姫。


 幸い、真兼は当時からプライドだけは高かったため告げ口されずに済んだが、そうでなければ大問題になっていたはずである。

 それを褒められても……。


「それにしても、相変わらずそなたは美しいのう……まるで太陽が輝いておるかのようじゃ」

 

 なおも陶然とした眼差しで舞姫を見つめ続ける影雪だったが、彼女が若干引きぎみなのに気付いたのか、はたりと我に返った。


「あいすまぬ。今日は疲れたであろうし、ゆっくり休まれると良い」


 そう告げて立ち上がり、自ら床の間の奥の障子を開け放つ。

 どうやらその向こうが男子禁制のいわゆる『奥向(おくむき)』のようだった。

 もっとも4畳半ぐらいのスペースしかなかったが……。


「侍女がそなたのみでよかった。これでは二人で寝るのも手狭じゃで」


 奥向で付き人のイズナと二人きりになると、舞姫はようやく人心地ついて、ふぅとため息を漏らした。


 しかし、仮にも大名の子息である彼が、なぜこのような島流し同然の不遇を受けているのであろうか。

 妙な噂を立てられるぐらいだから、ここ上ノ方で嫌われていることは予想がつくが……。

 

「いや、さすがに姫様と雑魚寝とかキツイし、私は納屋かなにかで寝ますコン」

「よいよい。気にするな」


 自分は気にしないけど、夫と夜の生活をする時はどうしようか……。


 そんなことを考えていた舞姫の目が、ふと部屋の端に置かれていた鏡台にとまる。


 ――そなたは美しい


 最前の影雪の声が舞姫の心にこだました。


 鏡に映る彼女は、髪はパサパサ、目の下に隈が浮かんだ典型的な疲れた人間の顔をしている。

 

 きっと、新妻を気遣って言った世辞(せじ)に相違ない。

 その割には、心からにじみ出たような声音であったが……。


「これでも幼い頃は、『下ノ方の蝶君(ちょうぎみ)』などと言われ、ちやほやされとったもんじゃがのぅ」 

「姫様、そのことで少しお話がありますコン」


 舞姫は怪訝そうな目をイズナに向ける。


 侍女は糸のような細目でじーっと彼女を見返すと、やおらその場でバク宙した。


 ――ドロン


 煙とともに現れたのは、一匹のキツネであった。


「こはいかに――」

「あー、驚かないで欲しいコン」


 キツネが慌てた口調で言う。


「喋った?」

「私はイズナですコン。いままで人間に化けていたんですコン」

「なんと――」

「実は姫様の身に起こった変化は、私の授けた霊力の影響なんですコン」


 そしてキツネは語り始めた。

 なぜ舞姫の身にかくも不幸が降りかかるのか。

 その大元となった事件について。

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