表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/10

エピローグ 大名の妃になったようでございまする

 ――おのれえええええっ、舞姫(まいひめ)ぇぇぇーっ!!!!


 試合の興奮冷めやらぬ観衆の後ろで、椿姫(つばきひめ)はギリギリと歯ぎしりする。

 あまりの怒りに、顔が夜叉のような形相に変じていた。


 ――もうあんなバカ殿に頼るか! こうなれば自らの手で舞姫だけでも始末してくれるわ!

 

 完全に正体を失った目で辺りを見回すと、憎き姉の姿を人垣の奥に見つける。

 

 彼女はにやりとほくそ笑んだ。

 

 ちょうどいい、このまま人ごみに紛れて、このかんざしを脳天に突き立ててくれる――


 舞姫に忍び寄ろうと足を踏み出した椿姫だったが、その時、びりぃ、という音が響いた。


「へ?」


 足を止める。

 その音は彼女の体のどこかから響いてきたようだった。


「屁?」


 同じく音を聞きつけたらしい傍らの誰かが呟く。


「ち、ちがう! ちがうぞ」


 顔を赤くして、否定する椿。


 そんな彼女の前に一人の人物が立ちふさがる。


「久しぶりですコン、椿姫様」

「おまえは……たしか侍女のイズナ?」

「おぼえてくださっていたコンね。いつぞやはキツネ汁にしないでくれて、ありがとうございますコン」

「…………なにを申しておる? 妾はいま急いでおるのじゃ。そこをのけ!」


 強引に押しのけようとしたが、彼女が動いた途端、またしても、びりぃ、という音が響いた。


 イズナが人差し指で、椿姫のわき腹辺りを示す。


 そちらに目をやると、着物が裂けているのが映った。


「な――これはなんぞ!?」

「椿姫様に一つお伝えし忘れていたことがありますコン」


 侍女は糸のように細い目をさらに細めて告げる。


「あなたにお渡しした能力はすでに回収させてもらっていますコン」

「なに?」


 そこでようやく彼女は眼前の侍女の正体に気付いた。


「おまえ……まさかあの時のキツネか!?」

「ご明察ですコン」

「妾の能力を回収したじゃと?」

「半年以上前に、ね」

「………………」

「つまりここ数カ月、あなたが摂取したカロリーはすべてあなたの血肉となっていますですコン。もう舞姫様に押し付けることができないですからねぇ」


 それの意味することに気付き、椿姫は目を見開いた。

 慌てて、着物の破けた部分を確認する。


 裂けた箇所からは、はっきりと腹肉がはみ出していた。


「ご自分で体の変化に気付きませんでしたかコン?」

「ま、まさか……」

「長いこと、私と舞姫様を騙してくれましたねえ……でも、あなたはそのツケをさらに長いこと払い続けることになりますコン。ほら、言うでしょう? 『人を呪わば穴二つ』って」


 にやりと意地悪く笑いかけるイズナ。


「わがままなあなたに、今更、贅沢な食生活を改善できますかコン?」

「…………ッ!」


 青くなる椿姫。

 相手の言う通りだと、直感的に悟ったからである。


 ――無理だ……太るとわかっていても自分には食べるのを我慢できない…………

 

 彼女は身を震わせた。

 すると、またしてもびりぃと裂け目が大きくなる。


「い、いやじゃ…………醜くなるのはいやじゃあああああーーッッッッ!!」


 背を向けて、走り去る椿。

 それが、長年姉に贅沢のツケを肩代わりさせてきた彼女の最後の言葉だった。


「あれはどうしたのじゃ?」

「はて……?」


 全力で遠ざかる妹君に気付いて、姉夫妻は小首を傾げた。


「まああちらは放っておいて、とりあえず例のやつをいくか!」

「御意!」


 試合に勝利した暁には、二人はあることをすると事前に決めていた。


「舞、例のものを持てぃ!」


 影雪の言葉に、粋な声でこたえる舞姫。


「ここに!」


 彼女が差し出したるは、湯呑に入った緑の汁だ。


 それまで影雪の勝利を褒めたたえていたギャラリーが、その液体を目にした途端、ぎょっとした顔になる。


「な、なんだあの面妖な代物は………」

「臭………………いや、むしろこのにおいは草?」


 家中も女中も他の諸々の者たちも、みな一様に怯えた顔で、その液体から少しでも遠ざかろうとする。


 影雪が湯呑を口に当てた。


 ――まさか


 一同が固唾をのんで見守る中、一気に中身を飲み干す。


 ごくごくごくごくごく……ごきゅ。


「殿、見事な飲みっぷりにございます!」


 彼女の夫は、ふうーっと男らしい仕草で口元を拭った。


「まずぅい! もういっぱぁぁぁぁいっ!!!!」


 

 

**************************************


 

  

 それから一月後。

 

 戦場に出た真兼(まさかね)が帰らぬ人となった。

 かなり無茶をした末の討ち死にということであったが、一部家中の間では、御前試合で醜態をさらしたため、廃嫡を恐れて功を焦ったのでは、とまことしやかにささやかれた。

 真偽のほどは定かではない。


 さらに一月後、今度は息子の後を追うように、城主の上ノ方守(かみのかたもり)が病で身罷った。


 これらの事態を受け、影雪夫妻は城に呼び戻されて、新たな領主として上ノ方を治めることと相成った。

 もちろん、影雪は妻の生まれ故郷である下ノ方(しものかた)も、これまでの高圧的な関係ではなく、対等な立場で、末永く守り続けた。


 椿姫は真兼の死後姿をくらましたという話であったが、そののち彼女を見た者はいない。


 二人はそれからも波乱に満ちた人生を送ったが、数々の困難にあっても、固い絆は決して揺るがなかったという。


 めでたきかな、めでたきかな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] おおー!婚約破棄時代劇バージョン?! 面白かったです。 丁度良い長さで、読めました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ