1話
宙ぶらりんな男が書く設定宙ぶらりんな作品です。
やあ皆!挨拶は大事だから自己紹介から始めさせてもらうぜ!
俺は『天楷進』。ご察しの通り、この物語の主人公だ。え?お前が主人公って事はお前のハーレム展開で進んでいくのかって?……確かにそれがテンプレだし、俺もそういうモテストーリーが良かった。だが、俺はあと三年以上はモテないというのが既に神様によって決定されている。
それにここで起きる修羅場は俺には直接の関係が存在しない。現に今も
「いい加減にしなさいよあんたら。涼は私と付き合うんだから他の女がいたら涼が軽い男に見られるでしょ!どっか行きなさいよ!」
「涼くんと付き合ってるのは私…。お邪魔虫はそっち…」
「なんですってえ!!」
「お、お兄ちゃん…私、この『特盛カップルパフェ』が食べたいんだけど、一緒にカップル証明…してくれる?」
「あ、あははは……」
俺は蚊帳の外で修羅場真っ最中だ。ツン要素はどこに消えてしまったのか聞きたくなる幼馴染(元男)と地味に毒舌吐いてる根暗JK。お兄ちゃんと呼んでいるが血縁関係は全くない近所の妹分的女子。てか笑ってる場合じゃないぞ涼。全部お前がらみだ。
この話の恋愛要素の三分の一は絡んでくるだろうこの男。『和田涼』はこいつこそテンプレなハーレム系主人公と言える程に女心を捉えて離さない女キラーだ!今まで泣きを見ている男は俺だけじゃないぞ!
そんな俺を余所に、女三人による男取り合い合戦が繰り広げられる。いったい何が悲しくてこんな場所に除け者になる事前提で来なきゃならんのだ……
俺一応『人類初ダンジョン攻略者』なんですけどおおおおお!!!
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先ほどの俺の叫びについて知るには、まず俺自身を知ってもらわないといけない。まず何があったのかから話していこう。
事の発端は俺が高校三年生の時。2025年の8月15日、受験勉強真っ只中の我ら高校生は、自宅では数多くの抗えない誘惑が存在するために、勉強の拠点を求める。図書館が良い例だな。俺も例に漏れず図書館で勉強していた。集中できるし、冷房も聞いてるから快適なものだ。実際、当時の期末試験でも中の中から上の下くらいには順位も上がっていたし、効果的にも来ない理由がなかった。
そして、俺が図書館で勉強している理由は他にもある。そう、気になる子がいたのだ。彼女は俺の高校の後輩で、物静かないい子だった。図書館で黙々と勉強しているその真剣な表情に、柄にもなく惚れたのだ。俺は猛アタックとはいかなくても、彼女と会話をし始めた。制服から同じ高校だという話から、進路、学校の話、どんな本を読むかなんていうとりとめのない話もした。好感触は幾つかあった。
彼女自身、俺と話すのが楽しいと言ってくれた。それが本心かまでは分からなかったが、その時の笑顔は本物だったと信じたい。とにかく俺はその言葉に嬉しくなって、途端に恥ずかしくなった。ニヤつく表情筋を押さえつけて、飲み物を買ってくると言い訳して、図書館から近いコンビニに避難した。ウッキウキのまま図書館に戻った時、入口で何人かの人だかりが目についた。聞くと、図書館の中に入っていった人が誰も戻ってこないらしい。用事があって入っているんだから当然では?と思うが、異変は俺が丁度出て行った後に起こったものらしく、一分で戻ると言っていたのに五分たっても戻ってこない。複雑な構造をしているわけでもないからこれはおかしいと言う。SNSを開けば、これと同じような事態が他の場所でも起こっているのだ。彼女が気になり俺も入ろうとする。しかし
「危険だ!中で何が起こってるか分からないんだぞ?ここは警察を待つべきだ!」
人の好さそうなおじさんが俺を止める。思えば、この時に止まっていれば、俺の人生も変わっていたのかもしれない。だけど俺はその手を払って、中に入った。
図書館の中は、外から見えたものとは、まるで違う景色だった。
「なんだよ……これ……」
ロビーの壁は至る所からつる植物が伸び、その壁も見られた白の壁紙じゃなく、むき出しのレンガ造りになっている。自動ドアは取っ手がない一枚岩で、どうやって開けるか分からない作りになってる。何より目を引いたのが
「ゲ……グゲゲ……」
緑色の体色に真っ黒の双眸。176センチの俺の半分くらいしかない背丈のそれは、俺もよくゲームで見かけた……ゴブリンにそっくりなのだ。現実味の無い夢の中にいるような感覚に襲われる俺を余所に、そのゴブリンは俺に気づく。
「ゲゲっグゲギャアアアアアア!!」
「っ!あぶっ!」
何の迷いもなく跳びかかってくるゴブリンを何とか避ける。再びゴブリンに目を向けると、その目には俺を殺そうという殺気のようなものが宿っていた。獲物を狩る狩人と言えばいいのか、とにかくそいつは俺を殺そうと、腰につけていた武器、後に『ゴブククリ』と呼ばれるそれを抜いて、俺に向かって振り回した。その中でかわし切れなかった攻撃で俺の腕が切れる。
「ヒッ!な、なんだよこれえ!!」
走って逃げだした俺を、誰が責められるだろう。俺は本来トイレのあった場所に逃げ、戸を開ける。でもそこは鍵がかかっているように締め切っていて、押しても引いてもびくともしなかった。
「なんで……なんでだよお!!」
みっともなく震える俺にゴブリンが追いつく。舌なめずりをして、俺を殺す事を想像していたんだろう。俺は歯をガタガタと震わせながら、来るなと叫ぶしかできなかった。それでもゴブリンは、じりじりと近づいてくる。丁度自分の武器が当たる間合いまで。笑い声を上げながら
「ギッヒャアアアアアアアアアアア!!!」
飛び上がって武器を振り上げ、俺に振り下ろす。もう死んだ。彼女に何も伝えられなかったと後悔しながら、俺は自分の身体にその刃が振り下ろされるのを待った。
でも、自分が死ぬっていう瞬間は、世界がゆっくりに見えると言う。その時の俺もそんな感じだった。本来ならとっくに刃が食い込んでいるはずなのに、まだ刃は俺の頭上にある。そこから俺は、無意識に動いていた。ゴブリンの左前に移動して、右手でゴブリンの顎を掴む。突然の事にゴブリンは対応できず、そのまま俺はゴブリンを地面に叩きつけた。何が起こったか理解できていないゴブリンから武器を奪ってゴブリンに打ち付ける。その小柄な肉体からは想像もできない力で抵抗されるが、構わず滅多切りにする。そのうちゴブリンは抵抗せず、身体も動かなくなった。
「はあ……はあ……や…た…?」
息も切れ切れに呟いた。ゴブリンから大量に出血していたせいか、胸から何かがこみ上げる。俺は端っこまで行って、胃の中のものを全て吐き出していた。
あらかた吐いた後の頭に、今の状況には似つかわしくないファンファーレが鳴り響く。見上げるとそこには、【Wellcome to ordeal!!】と書かれた羊皮紙が浮かんでいた。
「何……あれ……」
息も絶え絶えに羊皮紙に近づく。今思えば『試練へようこそ』なんてどこの神様が始めたデスゲームだと悪態をつくが、当時はそんな事気にしてられなかった。羊皮紙に描かれた内容は
【Wellcome to ordeal!!】
おめでとうございます!
あなたはこの『試練の迷宮』にて、初めてモンスターを討伐されました!
これにより『ステータス表示』『スキルスロット』『ストレージ』『攻撃強化:微』『耐久強化:微』を開放します。
おめでとうございます!
初めてレベルアップされました!
これにより『攻撃力+2』『防御力+1』『敏捷+1』『体力+2』が付与されます。
試練突破まで頑張ってください!
という何とも中身のないものだった。内容を確認すると羊皮紙は燃え、消滅した。何が起こったのか分からないまま、俺は意識を手放した。