あすかの罪
「白裂王殿下の仰せのままに…!」
累陰は徐に胸元から短剣を取り出すと、自らに剣を向けるあすかに返すように短剣を向けた。
黒き波動を放つ邪眼から溢れた影が空中を舞いながら短剣に収束する。
累陰はあすかだけに聞こえる声で囁いた。
「健気な警備員殿、良いのですかな?」
あすかは眉を顰めた。彼の妖しい囁きに耳を傾けたからである。
「私が欲するのは白裂国内において私の立場を担保する白裂王の御言葉のみ。それが得られた今、残った“人形”に興味はありません。このまま、この天守閣ごと全て破壊してしまおうか…なんて思いまして。」
未だ旅人の姿を見せている累陰は柔かな笑顔を見せた。
しかし、その眼と腕には躍動する影を纏っている。
奴の発言が虚偽だとしても、増幅する幻影はあすかは愚か、『白騎士』や白裂王にすら、届く気がした。
“天剱殿は刺客が陛下に危害を加えぬよう対峙したまえ。ただし、決して奴に剣戟を加えてはならない。”
あすかは『白騎士』の言葉を想起した。
陛下は確実に守らなければならない。
いや、陛下だけではない。
あすかが守ろうと思い浮かべているものは、この国の安寧そのものであった。
「陛下、聡眼を取り戻したまえ!」
『白騎士』が白裂王の凋落と累陰の幻影を止めるべく叫ぶ。
その声は虚しく、白裂王は『白騎士』を無視して言い放った。
「累陰殿、やりたまえ…!」
「はい…!殿下…!」
幻影が蠢く短剣を累陰が振り翳した。
あすかはそれを見て、冷静に『白騎士』に呟いた。
「『白騎士』様、お赦しください。私が守りたいものは、私の立場ではなく、白裂の私以外の全てなのです。だから…。」
今まさに闇を放とうとしている累陰にあすかは叫んだ。
「私は貴方とは違う。私の立場を捨ててでも、私は白裂を守るわ。」
床を蹴り、足を踏み出し、剱を振う。
「天剱流剣術『椿』」
天剱流剣術は初代天剱玉髄が時の王政を守るために肇めたとされる剣術。
その堅き盾が主人を守り、鋭き剱が敵を打ち砕く守護のための剣術。
あすかは累陰の放つ幻影を盾で弾きながら近付くと、翻りながら剱を横に一閃した。
斬り裂かれた腹部を抑えながら、後ろに倒れる累陰。
その短剣から放たれる幻影が行き先を見失って天守閣の屋根や壁を貫いた。
「累陰殿!ええい、その叛逆の『騎士』を捕らえよ!」
幻影により自らを失った白裂王が激昂する。
『白騎士』は事態を収拾できなかったことを悔いて、絶望の声を上げた。
「白裂王陛下、良い加減、常闇から目を覚ましたまえ!」
すると、白裂王は『白騎士』の大兜を鷲掴みにした。
「『白騎士』よ。貴様を『白騎士』にしたのは誰だ?誰の力でここまで昇り上がったつもりか?この兜を与えたのは誰だと問うているのだ!」
『白騎士』は唐突に我に返り、絶望感により俯いた。
「分かったらその逆賊を捕らえよ。幽閉するがいい。」
『白騎士』はゆっくりと立ち上がると、振り向いてあすかを見詰めた。
立場に抗えぬ男が一歩一歩、あすかに近付いた。
あすかは『守護騎士』の立場を追われるのを甘んじて受け入れたように、その場に立ち尽くした。
「あすか、逃げるわよ!」
王の間にいた『騎士』に手を取られ、あすかは呆然としたまま走り出した。
謎の『騎士』はあすかを引っ張って階段を降りると、そのまま城外へ抜け出した。
王の周りの『騎士』たちは理解が及ばず狼狽えた。
累陰は意識があるのか、僅かに手を動かしたが、起きあがろうとはしなかった。
「『白騎士』。斯くなる上は貴様にも責任を負ってもらおうか。」
白裂王は完全に闇に囚われた様子で穢れてしまった玉座に座り直した。
こうして、『戦役』勃発の因果が紡がれた。
あすかは、偶然、王の間に居合わせた実の母に連れられてその場を逃げたものの、後日、正式に現場の部隊から外される指令が下った。
あすかの母、天剱きょうかや『白裂王家親衛守護騎士』『騎士長』などの協力、更には『白騎士』の真摯な弁明によって、『守護騎士』の身分を剥奪されることはなかった。
しかし、不条理とは言えあすかの信頼は完全に失墜してしまった。
《累陰を白裂王政へ侵入させたこと》。
それが天剱あすかの罪であった。
あすかは自宅でその罪と周囲の叱責、心無い噂に怯えた。
そんな愛娘を見て、母きょうかが、士官学校【王立白裂銀海学園】と『特別軍事支援課』の設立の噂を掴み、あすかを入学させたのであった。
それは、あすかに訪れた理不尽…ひいては白裂国の不条理を贖うための第一歩であった。




