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蝕む靄

「私なら、紅穂国に行軍を送ります。」

再び、『親衛騎士』たちが騒ぎ出す。

「無論、争いを行いに往くわけではありません。あくまで、紅穂に協力を要請しに行くのです。以前より白裂と紅穂の仲は良好です。しかしながら、彼らに援軍を求めるのは容易ではないでしょう。だからこそ、軍を前に理解を求めるのです。」

白裂王が冷たく言い放つ。

「…威圧するのか?」

「私が提案するのは脅かすのではなく、交渉です。その成功率を高めるためだけに、敢えて軍隊を送るのですよ。」

「それを威圧と呼ぶのだろう…!」

王の前で剣を構えた『親衛騎士』が思わず叫んだ。

王は咄嗟にその者に手を向けて抑えると、累陰に向けて言った。

「なぜ、以前より良好な関係を築けている紅穂に対して、わざわ軍を送るのだ?我は紅穂の元軍人に伝手がある。その者を頼れば良いだろう。もし、行軍によって紅穂との仲が悪化してしまったら、それこそ我が白裂を揺るがす一大事だ。違うか?」

『親衛騎士』がそうだ、そうだ!と野次を飛ばした。

すると、累陰は再び白裂王の目を見つめて諭すように訴え始めた。

「…()の紅穂には伝承に伝わる古代兵器があると耳にしております。また、次世代型の戦艦が完成するとか…。それらの詳細は分かり兼ねますが、今後、戦を共にする以上、我々も彼らの絶対的な兵器に対し、ある程度の抵抗を見せねば足を掬われるでしょう。不意を討たれぬよう武力を以て話し合いを果たすのです。もし、交渉を恐れるようでしたら私めにお任せください。必ずや、殿下に、ひいては白裂に実りのある結果を齎しましょう。」

演説を行う累陰の眼は漆黒の澱みを見せていた。

それを見つめていた白裂王の眼も、気付かぬうちに同じような黒い靄に覆われていた。

清廉潔白であるはずの白裂王が常闇に酩酊して呻く。

「…う、むう、…汝に総て委ねよう。」

王の間が(ざわ)ついた。

冷静さと淡白さを兼ね備えていた王が突拍子のない提案に容易に乗ってしまったからである。

累陰はまるで、白裂王の答えが分かっているかのように自信に満ちた表情で問う。

「では、殿下、紅穂への行軍に関して、手始めに地理的な優勢を得る必要がございます。そこで、私がこの国の宰相になり、科兎山を制するというのは如何でしょう?」

「…ぬ、累陰、汝を白裂の宰相に、くっ…。任命する…!」

漆黒の澱みを得た眼が揺らいだ。

「…総て、汝の良きように計らえ。」

王の間に集っている『親衛騎士』たちも王と同じように動揺を呈した。

「では、白裂王殿下、科兎山の所有権についても私どもに委任いただけるということで宜しいですね?」

「ああ、汝に委ねる。紅穂国へ行軍する際は、白裂軍を指揮すると良い。」

白裂王はまるで累陰に操られているかのように、驚愕の返答を繰り返した。

しかし、その呪われた宣言を斬り裂く者が現れた。

「陛下、無謀な愚策はお控えください。」

重々しい金属音を具足から立てながら、白き大兜が王の間の扉を開いた。

しかし、彼が伴っているのは、あすかのみであった。

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