黒の謀略
「鉄腸豪胆たる白裂と言えど、『白裂王家親衛騎士団』の程度も知れたものだ。偽造した証明文書一つ見抜けぬとは。」
白裂城開門の後、ただ独り悠然と城内を闊歩する旅人は溜息とともに吐き捨てた。
先程とは打って変わって、その態度は横暴で、礼儀の一つも感じられない。
白裂城天守閣へ続く回廊を我が物顔で歩いているのだった。
「我らが黒忍の敵ではないな。なぁ、刀水?」
「…主人様の仰る通りかと。」
刀水と呼ばれた男はその呼び掛けに応じたかのように、旅人の背後に唐突に現れた。
白裂を呪う足音が城内に響き渡る。
「忍びを使うまでもなかったな。」
旅人は白裂の『騎士』たちに呆れて言った。
それに応えるように仏頂面の刀水が耳打ちする。
「…お望みとあれば、盗聴、撹乱、暗殺…。なんでも仰ってください。」
旅人は「頼もしいな。」と返すと、すぐに指令を放った。
「白裂王は私がやる。君には王子を任せよう。」
「…ほう。」
刀水が強張った表情のまま旅人の指令を聞く。
まるで凍り付いたかのように、一切の感情を見出せない表情だ。
「聞くところによると『月をも斬り裂く』と謳われる程の剣の使い手らしい。」
「……ほう。」
「王家の人間であるのなら、ある程度剣の扱いに慣れていても自然だ。ならば、私よりも君の方が太刀打ちできるだろう。私の専門は剣ではないのでね。」
「………ほう。なるほど、些か面白いですね。私の忍びの一団と交えても良いかもしれません。」
刀水の表情が一瞬、和らぐ。
しかし、それは狂気の笑みだった。
「あまり、嬲るなよ。あくまで私たちの目的は」
と、そこで被さるように刀水が食らいついた。
「弁えておりますよ、主人様。ご期待は裏切りません。」
主人様と呼ばれた旅人は満足そうに頷いた。
「宜しい。では、まずは白裂王だ。」
そう言うと、二人は天守閣へ続く扉の前に立ち開かった。
扉の左右には侵入を防ぐかのように『騎士』が一人ずつ直立していた。
その一人が旅人二人に声を掛ける。
「ここより先には許可証がなければ入れません。許可証をお見せください。」
旅人は開門の時のように人当たりの良い笑顔を見せ、偽造の許可証を提示した。
すると、もう一人の『騎士』が隣の『騎士』へ囁いた。
「連絡にあった『白裂使節団』のご報告だろう。あの白裂周辺の情勢を把握するとか云う……。」
それを聞くと、もう片方の『騎士』は納得したように扉の鍵を開けた。
「なんだ、『白裂使節団』の方でしたか。失礼いたしました。どうぞ、お入りください。陛下がお待ちです。」
『騎士』二人の白く重々しい籠手によって更に重々しい鋼鉄の扉が開けられる。
『騎士』は誘導するように扉の先に手を向けた。
「ご苦労様です。これでやっと調査の報告をさせていただくことができます。」
旅人はまたもや恭しく『騎士』たちに感謝を伝えると、鋼鉄の扉の敷居を跨いだ。
『騎士』たちも歓迎するように見送ると、礼をしながら扉を閉じた。
扉が完全に閉まるのを確認すると、旅人は嘲笑しながら指を鳴らした。
すると、旅人の背後にいた刀水が気配ごと姿を掻き消した。
それはまるで、靄が風に吹かれて消えるように、密かな、滑らかな流動だった。
独り残された旅人は一呼吸置き、覚悟を決めたように呟いた。
「さて、“白裂王陛下”にご拝謁願おうか。」




