岩と剱
「先程は災難だったな。」
暗い洞窟の中で松明の仄かな明かりが揺らめく。
組ごとに演習の初期配置に着いたと同時に、扉を吹き飛ばした少年が津雲に笑いかけた。
彼は津雲とともに組んだ三人の内の一人であった。
重そうな鋼の斧を肩に担ぎ、もう片手を腰に当てて仁王立ちしている。
一見、彼は柄が悪い雰囲気を纏っていた。
しかし、津雲ともう一人の少女に見せた笑顔は悪しき印象を砕くほどの明るさだった。
ただ大柄な体躯が厳つい印象を与えがちなだけで、性格そのものは活発で明亮なのかもしれないな、と津雲は思った。
「そうね。貴方がいなければ、演習ができなかったかしらね。」
もう一人の少女が笑い返した。
津雲は自身が白裂の王子であることを知られているにも関わらず、このように笑いかけてくれる人がいることに少しばかりの驚愕を覚えつつ、彼らとともに談笑した。
笑顔溢れる雑談とともに、彼らは思い出したかのように自己紹介を始めた。
「俺は岩動達。岩をも叩き斬る斧使いとは俺のことだぜ。」
大柄な少年、達は堂々と胸を張って豪語した。
それを受けて艶のある黒髪を背中まで伸ばした少女が凛として姿勢を正した。
「私は天剱あすかよ。守護、護衛を目的とした剣の名家『天剱家』の出身だわ。」
彼女は右手に鋼鉄でできた諸刃の剣を掲げ、左手に天剱家の家紋と白裂王家の紋章を彩った盾を提げていた。
冴えた表情で、毅然たる態度を表している。
まさに、白裂王家を守護する騎士の卵であった。
二人の自己紹介を受けて津雲もまた、既に知られた名を名乗った。
「みんなも知っている通り僕は白裂津雲…まぁ、この学園では灰原の姓を名乗っている。無闇矢鱈に王子と言えないからな。」
津雲はばつが悪そうに俯いた。
胸を張って王子と名乗れぬ後ろめたさに打ち拉がれていた。
しかし、二人の反応は津雲の心象とは全く異なる態度であった。
「皇太子殿下、お会いできて光栄です。」
「先の小戦を経て尚もご壮健のご様子、何よりでございます。」
先程と打って変わって、思い出したかのように態度を改めた二人は津雲の前で跪いた。
「やめてくれ、二人とも。僕はあの戦役の原因を作ってしまったんだ。二人にも白裂の民にも顔向けできない。それに同い年なんだし、敬語じゃなくても大丈夫だよ。」
津雲は眉間に皺を寄せながら己の罪を吐露した。
しかし、達とあすかが自らの国の王子に対して見せる態度は揺らぐ事なく恭しいものであった。
「白裂王殿下のご体調が悪い中、八方塞がりな状況であったでしょう。」
「その中で我ら『白裂王家親衛騎士団』が機能不全に陥ったのもまた事実。また私にも…。」
そこまで言うとあすかは今までの凛とした表情に翳りを見せた。
一拍置いて、僅かな覚悟を決めたのか、彼女が口を開こうとした時。
松明の光が届かぬ洞窟の奥から、獣の威嚇が木霊してきた。
彼らが見ると、そこには四匹の狼のような害獣が爪を立てて唸っていた。
「話は後のようだな。」
達が斧の柄を握り、身体の重心を落とした。
あすかも瞳に翳りを残しながら、体勢を整えた。
騎士の誇りを胸に、盾で身体を守り、その脇に剣を地面と平行に構える。
「殿下は後ろに控えていてください。我らが応戦します故。」
二人は津雲に行動をさせる気はなかった。
津雲も狼狽えつつも、しかし、彼らの気迫を越える発言を行うことはできなかった。
津雲が参戦しないまま、二人は四匹の狼と戦闘を開始した。




