『原初の銀狐』
『火柱』形成の場となった科兎山はその痕跡を歴然と遺していた。その証拠に、頂上の神殿においては常に燃え続ける『火』が鎮座していた。
津雲は今後の行く末について考えながら、科兎山に燃え立つ『火』を呆然と見ていると、肩に何かが乗っている事に気が付いた。
栗鼠にしては大きく、狐にしては小さい動物。
しかし、津雲はその動物に見覚えがあった。
紅穂王に遣わされ、紅穂伝承の遺品『火種』の一つ『火の花咲く大布』を運び、『火柱』形成の裏の活躍者となった謎の美女。
彼女は『原初の銀狐』と呼ばれていた。
『火柱』を形成するその際は、『火柱』形成の要となる秘術『火禱』すらも使用していた。
決して只者ではない気迫を常に感じさせている女性だ。
津雲は幾ばくかの畏れを抱きながら彼女に話しかけた。
「『銀狐』さん、貴女は一体、何者なのですか?なぜ、火禱を使えるのですか?」
凛とした態度のまま、その動物は声を発した。
「津雲君。…否、白裂皇太子殿下。貴方には是非、白裂のある学園へ赴いていただきたい。」
『銀狐』は津雲の質問に答えることなく、自らの要望を伝えた。
科兎山と白裂の主都との中間地点にある【王立白裂銀海学園】。
『銀狐』曰く、白裂国家有数の剣術家の一人、薄氷氷河が理事長を務め、その娘氷雪が教官として勤務しているらしい。彼らの扱う『銀氷雨流』は鋭い剣戟と流れるような体術が有名らしい。
津雲は薄氷家や『銀氷雨流』の存在について以前から知っていた。
しかし、国家の知識として知っているのみで、薄氷氷河に直接会ったことも『銀氷雨流』の太刀筋を見たこともなかった。
「彼ら薄氷の一家から『銀氷雨流』を学べば、或いは殿下も玄焚君の足元の影の端っこくらいには追い付くだろう。」
「いや、それは追い付くとは言えないのではないでしょうか。」
津雲の呆れた様子を無視して『銀狐』は話を続けた。
「学園への入学手続きは私がやっておく。安心しろ。白裂皇太子殿下とあらば、簡単に入れるだろう。」
津雲は自分の意志を半ば無視した決定に辟易していた。
しかし、津雲自身、先の小戦で肉体的にも精神的にも未熟だと認識したことは否定できなかった。
そのため、『銀狐』の決定を簡単に無碍にはできなかった。
否、たとえ、津雲が未熟さを感じていなかったとしても、『銀狐』の妖艶な美貌と威圧感には圧倒されていただろう。
「それに殿下には、この戦いにおける責任がある。」
圧倒的な美しさを鼻にかけ、『銀狐』は頑として言い放った。