弓弦の罪
『科兎山戦役』。
否、未だその名称すらも生まれていなかった時分。
紅穂国、早朝。
弓弦は前哨戦として紅穂城下の街並みを攻撃していた。
逆らう者は無力化し、家屋には火を付ける。
そう隊長には命じられていた。
無論、逆らう事はできなかった。
しかし、彼ら紅穂人の生活の基を燃やし尽くす音が再び彼に問いを齎した。
「ボクは正しいことをしているのか…?」
弓弦は呟いた。
すると、燃え立つ炎の中から悲鳴が聞こえた。
「きゃぁ!も、燃えてるわ。家が燃えてる!」
幼い少女の声だ。
そのか弱い声が弓弦の足を止めた。
耳を貫いた悲鳴が反響する。
助けなきゃ…。
でも、異国人を助けたら、父上に怒られるだろうか。
隊長に見られていたらどうしよう。
でも、ボクは…。
弓弦の腕が垂れ下がった。同時に彼のお得意の剣弓も下を向き、陰を作った。
何もかもが分からなくなった。
視界が遠くぼやけて、音が遠退いて行った。
ただ、自分の中の何かが燃えてなくなってしまうような、そんな気がした。
燃え落ちる家屋から四人の若者が飛び出してきた。
先程の少女は金髪の少年に肩を持たれていた。
「だ、大丈夫…?」
弓弦はその栗毛色の髪を結った少女に声を掛けた。
代わりに答えたのは金髪の少年の方だった。
「うるさい。お前の、お前たちの所為で。」
金髪の少年が短剣を構えて弓弦に飛び付いた。
「弓弦、動け。弓弦!」
誰かの声が聞こえた。
紅穂に来る道中、ずっと話しかけてくれた仲間だった。
短剣は弓弦を貫くかと思いきや、その仲間の腹部を血で染めた。
我に帰ると、弓弦は仲間に庇われていた。
「く、くそ、ひなつ、逃げるぞ。」
紅穂人の若者四人が隙を見て一斉に逃げ出した。
弓弦は追うこともできずに仲間を抱き締めた。
「ダメじゃねえか、弓弦。言っただろ、情けはかけるな。俺たちはもう進軍してしまったんだ。弱さを捨てなければ、お前が…。ぐふっ。」
その仲間は咳き込むと赤くて黒い液体を吐いた。
弓弦の耳に自分の呼吸音がやけに大きく聞こえた。
徐々に大きくなる息の音。
視界に拡がる緋い景色。
それが家屋の吹く炎なのか仲間の血なのか分からなくなった時、弓弦は完全に自らの意識を失った。
否、倒れたわけではない。
むしろ、鬼神のように顔を歪ませ、目に留まる紅穂人に矢を放った。
“ 逆らう者は無力化しろ。”
そう命じた隊長本人が弓弦を止め、彼を強制的に帰国させるまで、弓弦は紅穂の国土に血を流し続けた。




