戦役の残骸
津雲が最初に降りた立ち入り禁止の階段に、いつの間にか少女が隠れていた。
教室で津雲の隣にいた氷柱という名の少女だ。
氷柱も目に布切れを当てていた。
「僕は。」
津雲が震える声を微かに挙げた。
三人が耳を立てる。
彼の言い分を聴く余地は残されているようだった。
「僕は、白裂王の息子だ。白裂の王子だ。『科兎山戦役』の真っ只中で、僕も苦しんでいた。」
「そんな弱音が断罪になると思っているのか。」
鎌士郎が噛み付いた。
「分かっている。市井の人々に大変迷惑をかけたと思う。白裂国そのものを傾かせてしまっただろう。…だがな、僕は我が父上が累陰に操られる中で、自分にできる最大限の力で白裂王家復興を目指したんだ。でも、その想いすらも彼奴に利用されたんだ。」
弓弦が津雲を睨んだ。
情報の扱いを糾弾したつもりなのだろう。
「情報の適切な把握が、その能力が及ばなかったのは僕の弱さだ。間違いない。言い逃れられない。けど、その中で最善と思しき行動を取り続けたんだ。僕が殺めてしまった老爺も僕のかつての師匠だ。その師匠を暗殺してしまった罪も大きいと思っている。」
鎌士郎が過呼吸に陥り始めている。
彼もまた、かつて師匠の薫陶を賜った一人であった。
「貴様が先生の愛剣を握ってるのも赦せねえ。奪ったからといって貴様の物ではないはずだ。先生に還せ。」
「鎌士郎くん。僕はこの大剣が僕の罪そのものだと思ってる。罪滅ぼしにはならないかもしれないが、この大剣を使うことで師匠が救われるとそう僕は信じる。」
「“救われる”だと?
貴様が殺したんだろう。貴様が、その手で。
赦せねえ。赦せねぇ。…赦せねぇよ。」
鎌士郎が鎖鎌を落とした。
石造りの床に音を立てて金属が激突した。
涙を滝のように流すと津雲の背中を握り締めた。
自身の無力さを痛感し、止め処なく溢れる哀しさに溺れているのは、津雲だけではなかった。
かつて、武家の出である弓弦もまた、洗脳された白裂王の命令に逆らうことができないまま、白裂兵として紅穂へ侵略を行っていたのだ。
その為、津雲を責めるということは同時に、黒忍の圧倒的な力の流れに抗えなかった弓弦自身をも責めるということだった。
紅穂への侵略を行う道中、若さが彼に物事の善悪を問い始めた。
自分がやっていることは正しいのか?
白裂兵として紅穂へ攻めるべきなのか?
弓弦の父は弓弦の出陣を武家の一員として悦んでいた。
しかし、文化や価値観の異なる異国の人々を殺めて何が正しいのだろうか?
どこに正義があるのか?
その是非を弓弦は常に考えていた。
そして、遂に、その躊躇いが、完全なる弓弦の罪を孕んだ。




