覚書の主
「よく来てくれたね。コータイシ殿。」
少し幼い声音だ。
同時に何処か堂々とした張りのある声だ。
「何者だ。何故、僕を此処へ呼んだ?」
「ははは、ボクに心当たりがないか。まぁ、実際に会うのは二回目だから無理もないね。」
広い闇の中で戞戞と足音が近付いてくる。
津雲は音の鳴る前方を睨んだ。
「警戒をしないでおくれ。」
その声の主の顔が薄らと見えた。
津雲より小柄な身体だ。
身に着けた礼服はそれなりの身分を感じさせる。
その右手にはしっかりと弓が握られ、背中には矢筒が背負われていた。
この暗闇の中であれば、何処からでも津雲を狙い撃つことができるだろう。
幾らでもお前を射抜く事ができる。
密かにそんな脅迫を示唆しているのかもしれない。
「ボクだけはキミの事をそんなに憎んではいないんだ。」
この少年は態々(わざわざ)津雲の見える場所へ姿を現した。
更に、彼の“ボクだけはキミの事をそんなに憎んではいない”という言葉。
狙い撃てるが、あからさまな敵意はない。
きっと、そんなところだろう。
「僕だけ、だと?」
津雲は疑問を呈した。
この言い方だと他にも誰かいるようだ。
「出てきなよ。カレに失礼じゃない?」
「五月蝿い。なぜ、こんな罪人に顔を見せなければならない。」
突然、津雲の背後から声が聞こえた。
振り返ると、そこには黒く長い衣と鎖を纏った少年が津雲を睨んでいた。
彼も弓の少年と同じように、鎖に繋がれた鎌をしっかりと握っている。
こちらは今まさに津雲の首を刈らんと言わんばかりに、鎌の先を津雲の頸に向けていた。
「殺めるぞ、皇太子。貴様が先生を殺したようにな。」
「まぁまぁ、一応、コータイシなんだし、まだ手に掛けないでくれよ。ホラ、自己紹介。」
礼儀正しい少年に諭されて彼は名乗りを上げた。
「畜生。俺は刃振鎌士郎。ふふ、あの紙を書いたのは俺だ。悪くないだろ。」
そう言うと、鎖鎌を持った少年は、先程とは打って変わって目を大きく開き顔を輝かせた。
鎌士郎。
彼が津雲の部屋の前に落ちていた紙を書いたと言う。
津雲は彼の教養の有無を疑った。
文字を適切に扱えぬ者はこの学園にはいないはずだからだ。
すると、必然、彼はこの学園の人間ではないのかもしれないという疑念に駆られた。
否、鎌士郎は確かにあの教室にいた。
そこで、明確な殺意を持って穴が開くほど津雲を睨んでいた少年だ。
津雲は身体を震わせた。
半開きになった口から意図せぬ音が漏れる。
しかし、そうなると彼は態とあのような文章を書いたということなのだろうか。
思わず、確認しようとして彼の目を見てしまう。
鎌士郎の目はとても濁っていた。
獣のように命のやり取りに躊躇がない目だ。
その目を見ることに耐えきれず、津雲は目を逸らした。
すると、逸らした先で弓を持った少年と目があった。
漂う緊張感を保ちつつ、しかし、彼はにっこりと微笑んだ。
「ボクは連貫弓弦。弓弦って呼んでいいよ。」




