099 最後の食事
戦いが終わって。
なんと声をかければいいのだろう、と透夜たちが、多数のクラスメイトたちが考えたその時、床や壁や天井からいくつもの光が走った。
その光はレリーフから放たれている。それぞれ、ペンダントの宝石と同じような色だった。また、まるでそれに共鳴するかのように、透夜たちが下げているペンダントもかすかな光を放ち始める。
やがて壁や床から放たれる光はより集まってオーロラのような帯となり、透夜たち五人と、見咲ヶ丘高校の生徒たちとの間を分断する。
そして、その分断された地点の床が壁ごと綺麗に切りはなされ、ゆっくりと動き出した。まるで方舟のように、息絶えた竜と透夜たち五人を乗せたまま、いずこかへと向かって進んでいる。
透夜たちはあわてて光のオーロラのそばに駆けよる。向こう側に見える生徒たちも同様だ。切り離された場所は大穴となって両者の間に広がっている。もはや勢いよく幅跳びしても届く距離ではない。そのことに気付いた生徒たちの口がさまざまに動いた。
「霧島さん……ごめん! あの時見捨てて逃げてしまって!」
「ずっと謝りたかったの! 今ので許してもらえるなんて思ってないけど……!」
「渡良瀬さん。俺たちが悪かった! 変な目で見ちまって、怖かったよな!」
「ソーニャ! あたしたちに出来るのはここまでみたい! 勝手なこと言うけどあとはお願い……!」
「浅海君も無事に戻ってきて!」
生徒たちが声を限りに透夜たちへ想いを伝える。
絵理も、杏花も、その光景に涙を流していた。今ではもう、その心の中にかつてのようなわだかまりは残っていなかった。
「終わらせてくるから! 皆で元の世界に帰ろう!」
透夜はもうほとんど見えなくなったクラスメイトたちに手を振りながら、そう叫んでいた。ソーニャも大声で友人に向かって何かを伝えている。
マリアは黙したまま、そんな四人をまぶしいものを見るような瞳で見つめていた。
◇◆◇◆◇
やがて、五人と物言わぬ赤い竜を乗せた石の塊はしばらく浮遊、旋回したあと、ある場所で停止した。さきほど切りはなされた部分が、別の場所の通路にぴったりとくっついたのだ。光のオーロラも間もなく消える。透夜たちが身に着けるペンダントもまた、輝くのをやめた。
透夜たちの目の前に広がるのは、これまでと同じような石づくりの場所だった。一画に水場がある。
透夜たちは恐る恐る、新たにたどり着いた石の床に降り立った。
「ひょっとして、ここで休息をとれってことなのかな?」
「ずいぶんと至れり尽くせりね」
ソーニャがあたりをキョロキョロと見まわしている。奥には通路があり、その先には下り階段があった。地下十二階へと続いているはずである。ここが最後の休憩場所ということなのかもしれない。
「でももう食料ってほとんど残ってなかったような……」
絵理の言葉の通り、地下七階の食糧庫で補充したワーム肉を含めたモンスターの肉は、もうほとんど尽きかけていた。そのことを気にかけつつも、透夜たちは歩を進めて結局この場所にまで来れたわけだが……。
「……食料なら、ここにあるよ」
透夜が一か所を見据えて言う。
視線の先には自分たちがのってきた石の床と、そこに伏している巨大な竜の姿がある。透夜が言う食料が何を指すのか、さすがに全員がすぐに気付いた。
「透夜くん……まさかこのドラゴンも食べるつもりなの?」
絵理が呆れたように透夜に確認した。とはいえ絵理も、乗り気になっている彼を止められると本気で思っているわけではない。
「レッドドラゴンの肉は栄養満点だと聞いたことがある」
そう言ったのはマリアだ。かつて己の国で、レッドドラゴンを倒した勇者はその肉を食べてドラゴンの力を身に宿そうとした、という伝承を耳にしたことがある。
「じゃあ、もう食べるしかないね!」
先ほど、クラスメイトと別れた時の雰囲気はどこへやら、透夜は目を輝かせてドラゴンの死体へと近づいた。早くもその手には解体用のナイフが握られている。
絵理、杏花、ソーニャは呆れつつも口元に笑みを浮かべていた。
「トウヤ……すまないが私のぶんもお願いしていいか?」
そんな透夜におずおずとマリアが口を開く。透夜だけでなく、絵理たち三人もマリアの方へと驚きの視線を向けた。
「私はもう味が分からないし生きるための食事をする必要もないが……それでも食べてみたいのだ。お前たちと一緒に」
「ええ……そうしましょう。マリア!」
マリアの側に近づいたソーニャが両手でその手をとった。血の流れていないその手はまるでマネキンを触ったかのような感触を返す。でも人形とは違う温かさがそこにあると、ソーニャは思った。
「わかった! じゃあドラゴンステーキ五人前だね!」
透夜は笑顔で仲間たちに応えた。
◇◆◇◆◇
「いただきます!」
マリアも含め、日本式の挨拶をする五人。
すでに焼かれたレッドドラゴンのステーキは肉汁にあふれ、とても美味しそうである。
待ちきれないとばかりにそれぞれ目の前の肉にかぶりつく。
真っ先に食べた透夜がたちまち驚きで目を丸くした。
「なにこれすごい!」
感想もそこそこに、透夜はふたたび肉を味わおうと頬張る。
「ほんとだ……ワームの肉はもちろん、あのポイズントードの肉やジャイアントラットの肉よりも美味しい!」
よく噛んで飲み込んだ絵理も、遅れて透夜に同意の答えを返した。杏花とソーニャもまさに一心不乱という感じで食べている。
「私も美味しく感じる。味は分からないはずなのに、心が満たされるような気持ちだ……」
マリアが感慨深げにそう言った。言葉の通り、すでに味わうことが出来ないマリアであったが、その表情は至福としか言いようのないものであった。
五人はそれぞれドラゴンのステーキを頬張り、いつものようにとりとめのない話をして皆で笑いあった。食べ終わって満足しても、共有している時間が終わるのを惜しむかのように、話に花を咲かせる透夜たち。
やがて睡魔の訪れを感じた透夜たちはいつものように頭を寄せ合って床に就き、ドラゴンとの死闘で疲れ果てた心と体は、まもなく深い眠りへと導かれたのであった。