098 全員一丸となって
透夜、ソーニャ、マリアは物陰から飛び出すと、赤い竜へと向かってばらばらに駆けだした。出てきたちっぽけな存在に竜は咆哮する。
すでに三人の体はマジックシールドとプロテクトファイアーの光に覆われていた。
さらに透夜とソーニャはアジリティポーションを飲んでいる。動く速度はふだんに比べて格段に速い。
武器にも一応自分たちで使ったマジックウェポンがかかっているが、よほどのことがない限りは距離を詰める気はない。例え魔法の防護があろうとも、あんな巨体の一撃を受けたらそれだけで致命傷になるだろう。
幸い、竜の動作はそこまで機敏ではない。
前衛三人で間合いにつかず離れずして竜の気を引きつつ、時おり魔法も織り交ぜながら戦うつもりである。
もちろんメインは後衛の絵理と杏花による魔法攻撃だ。
近い間合いでドラゴンと対峙する透夜たちを援護するかのごとく、絵理と杏花のもとからそれぞれ氷の槍が放たれた。アイスジャベリンである。二人はすでにインテリジェンスポーションを飲んでおり、二人が撃った氷の槍はいつもよりも大きく鋭い。
勢いよく飛翔した氷の穂先が竜の鱗を刺し貫く。竜は吠えた。明らかに痛みによる叫びだ。竜の巨体からすると槍というより針という感じの一撃としか思えないものであるが、ちゃんと効果はあるらしい。
ならば、これをずっと続ければ勝てるはずである。
痛みが竜の怒りを呼び起こしたのか、やや距離を詰めていた透夜の近くに竜の前脚が叩きつけられた。それだけで透夜は体が浮くような振動を浴びる。冷や汗が幾筋も流れる。
「アースバインド!」
ソーニャが魔法で土の足かせを召喚し、竜の動きを阻害しようと試みる。
しかしうるさそうに竜が前脚をうごかすだけで、その動作を封じようとした土の拘束具はあっさりと粉砕されてしまう。
さすがにこれで完全に動きを止められるとは考えていなかったものの、あまりにも簡単に無効化されたことに歯噛みするソーニャ。
竜の斜め後ろに陣取ったマリアが剣先で魔法の文字を描く。
「まばゆい一筋の雷光!」
たちまちマリアから雷光がほとばしり、竜の体を撃つ。貫通することなく体表を焼いただけであるが、一応の効果はあげているようだ。
「ライトニングレイ!」
透夜も同じく魔力で雷光を生み出し、ドラゴンへ放った。竜は自分を撃った二本の雷光による痛みに身をよじる。
透夜が得意のファイアーボールを使わなかったのは、フレイムハウンドと同じく火があまり効きそうにないと判断したからである。
竜は目の前をうろつく小さな存在をうるさそうに見下ろした。その顎を開く。口の奥からたちまち炎の赤い渦が生まれる。
「ソーニャ先輩!」
狙われたのはソーニャだった。透夜が叫ぶ。
ソーニャは迫る紅蓮の火球から、全力で走って距離を取った。
アジリティポーションの効果もあり、着弾する頃にはすでに大きく離れることが出来ていた。
しかしそれでもとんでもない熱気がソーニャのもとにまで届く。
まさに命がけね、とソーニャは自分を奮い立たすために無理矢理笑う。
そこにふたたび絵理と杏花から放たれた二本の氷の槍が飛来する。赤い鱗がはじけ飛んだ。しかしまだまだ竜が動きを止める様子はない。
透夜、マリア、ソーニャもひたすらにチャンスを見つけて己の攻撃魔法を撃ちだした。氷の槍、風の刃、一筋の雷光がレッドドラゴンの体を穿つ。
竜は断続的にやってくる痛みに両の瞳を怒らせ、目の前で動き回る人間に向けて脚を叩きつけ、あるいは火炎の球を吐き出した。
そのたび、必死にその余波すら受けないように回避する透夜たち。わずかにでも喰らえば命に関わる。
この竜を早く倒し、死地から脱したい。前衛の三人はそれだけを願ってひたすらに魔法を浴びせ、あるいは死の一撃を避け続けた。
絵理と杏花も透夜たちを生還させるため、休むことなく魔法を連打する。
しかし透夜たちの願いに反し、戦いは長く続いた。
透夜たち五人がひたすらに魔法を撃ってそのたびに竜は苦痛に喘ぐ。だがそれだけだ。いつまでたっても致命傷を与えたような気配はない。むしろ手負いの獣の厄介さで、ひときわ激しく竜は暴れまわる。
前衛の三人は巻き込まれないよう慎重に対処せざるを得ない。攻撃魔法を撃つ機会もなかなか巡ってこなくなる。
絵理と杏花は息をつく間も惜しみ、後ろから魔法を繰り返し唱えて竜を穿ち続けている。しかし、さすがにそろそろ魔力も限界だ。すでにマジックポーションもすべて飲み干している。
このままでは勝てない……透夜たち五人がそう思い始めたその瞬間。
多数の光が竜へと飛来した。そのいくつもの光は竜の体を突き刺す。竜はこれまでとは比較にならない大きな苦悶の声をあげた。
それらの光は透夜たちがマジックミサイルと呼称しているものだった。
……え?
と透夜たち誰もが疑問の表情をはりつけ、光の矢が飛んできた方へと視線を向ける。そこにいたのは……。
透夜、絵理、杏花のクラスメイトである一年生。ソーニャのクラスメイトである二年生。生徒会長をはじめとする三年生。
見咲ヶ丘高校の生徒がずらりと並んでいた。
今の魔法の矢は、彼ら全員がその魔力で撃ちこんだのだ。
「みんな……ここまで来てくれたんだ……!」
その中にはかつて絵理を見捨ててしまった者や、杏花を嫌な目つきで見たことがある者もいた。
しかし全員が今は、巨大な赤い竜から目をそらさず、ふたたび魔法の矢を放とうと宙に文字を描き始めた。他の生徒も同じように指を動かす。やがて魔法の言葉を詠唱する声が合唱となり、石の迷宮にこだまする。
もう一度、百を越える光の矢がドラゴンに突き刺さった。
透夜たち五人も、アイスジャベリンの魔法文字を描く。
それぞれから放たれた氷の槍が、苦悶の声を上げる竜へと襲い掛かる。五本の槍が、ついにその急所を刺し貫く。
竜はひときわ大きく咆哮した。しばし、頭を、四肢を、尻尾を震えさせ……。
やがてゆっくりと、赤い竜はその巨体を石の床に横たえたのであった。