097 地下十一階。ついにあのモンスターが現れる
地下十一階。
かつてあのマキナという少女は、自分は地下十二階にいると言っていた。ついに、そのひとつ前の階層にまでやってきたのである。
階段を下りた先は途中まで普段と変わらない石の通路が続いていた。違うところといえば、ずいぶんと高さや横の広さが大きいということか。あとはこれまでに比べて少々薄暗い。
透夜たちはゆっくりと歩を進める。
歩く透夜たちはやがて、ある付近からこの迷宮そのものが、天井や壁も含めてデザインや色合いなどが少し変わっていることに気付いた。また、壁は等間隔で一部が大きく柱のように出っ張っている。
さらに壁面や床などのところどころに、レリーフのように彫られたものが点在していた。透夜たちはそのレリーフの形に一部見覚えがあった。
自分たちが身に着けるペンダントの宝石と同じ形をしていたのである。マリアのものを含めてだ。
見たことのない模様もいくつかあったが、それらは透夜たちが手に入れていないペンダントの形を模しているのではないか、と彼らは思った。
また、壁の一画に文字が刻まれた石板があった。そこにはこう書かれている。
【選ばれし者のみがこの先に進める】
そうしたレリーフや石板に注意を奪われていたこともあり、またこの階層そのものが薄暗かったこともあって、透夜たちは遠くにいた巨大な存在に気付くのが遅れた。
何かの鳴き声が聞こえた気がして透夜がふと前方を見据え、ようやくそこに生き物らしきものがいることに気付いた。
そいつは、少しずつ透夜たちのもとへとやってくる。そして近づいてくるたびに足音らしきものとそれに付随する振動が大きくなる。
すでに全員がその存在に気付いていた。しかし、思考も動きも停止している。
やがて、透夜が絞りだすような声でその生物の名前を口にした。
「ド、ドラゴン……!」
透夜たちの前に現れたのは、巨大な赤い竜だった。
その巨体には翼と呼べるものはなく、前脚と後ろ脚の四足で巨体を支えている。頭をもたげた時の高さは天井すれすれにまで届くほどだ。全長もワーム数体があっさりと納まるであろうくらい長い。
全身は赤い鱗につつまれている。発達した骨が飛び出しているのか、体の各部からは白くて鋭い突起のようなものがいくつも生えていた。
竜は丸い眼球で透夜たちを睥睨すると、大きな口を開けて吠えた。石の迷宮がびりびりと震える。あぎとを開いたその口にはびっしりと連なる牙が見える。
大気の震えが収まったあとも、透夜たちは体の震えが治まっていないことを自覚した。ついに出会ってしまったのだ。かつてマリアがその存在を予告していた赤くて大きな竜、レッドドラゴンに。
竜はふたたび大あごを開ける。喉の奥からあふれ出ようとしている赤い揺らめきが見えた。
「よけて!」
悲鳴のような叫びに従うように透夜たちは四方に飛んだ。遅れて紅蓮の球体が今まで彼らがいた石の床に着弾する。そしてたちまちすさまじい爆音と、炎の渦がその周辺に広がった。透夜が得意とするファイアーボールよりも明らかに威力のある火球が竜の口から放たれたのである。
透夜たちは一旦、ドラゴンから身を隠すように、壁から柱のように張り出している部分の陰へと集まった。そこは数人が隠れられるほどの広さがある。
「か、勝てるの!? あんなのに……」
絵理が呆然と口にした疑問の言葉は、もちろん全員の心中にあるものと同じであった。
ここまで苦戦しつつも数多の敵を撃破してやってきた。
だからマリアから存在を知らされていたレッドドラゴンという敵に関しても、実際に対峙してみれば意外となんとかなるのではないかという気持ちが多少は生まれつつあったのだ。
しかしそれはあまりにも楽観的すぎる考えだった。
これまでに見てきた敵とはあまりにも次元が違う存在。ゲームや物語で語られるように、強大かつ恐ろしい魔物として透夜たちの前に立ちふさがっている……。
今も、透夜たちが隠れる石壁の近くに火球が着弾したのか、振動が透夜たちのいるところにまで伝わってきた。壁は大きくて頑丈だが、さすがに長くは持たないかもしれない。
透夜は仲間たちを振り返った。
絵理、杏花、ソーニャの瞳は透夜に向けられていた。マリアも何か言いたげに透夜を見ている。
あの敵を倒さないとマキナのところにはたどり着けない。
「やるしかない……!」
透夜は自分を叱咤するように声を出した。
「僕が前に出てひきつける。マジックシールド、プロテクトファイアーをお願い」
透夜が何を言ったのか理解した絵理たちは、たちまち信じられないという表情をした。
「む、無茶ですよ透夜君!」
「そうよ! さすがにドラゴンの前に立つなんて死にに行くようなものだわ!」
ふたたび近くに火弾が着弾する。それに伴い、皆の恐怖がより深くなる。透夜は負けじと声を張り上げた。
「アジリティポーションも使うつもり。ひきつけている間に魔法で狙い撃って!」
手短に作戦を伝える透夜。マリアが左右の剣を引き抜き、そんな透夜の側に寄り添った。
「私も一緒に前に出よう」
「マリアさん!?」
「お前たちが命を張っているのに、私が戦わないわけにはいかないだろう?」
マリアはそう言いながら他の四人を見渡した。
人形であるマリアは多少の傷を負っても勝手に修復されるが、さすがに竜が放つ火球をその身に受けてはただではすまない。少なくとも今のマリアの肉体は完全に破壊され、活動を終えることになる。
「……それなら私も行くわ。私だって前で戦うのが役目なんだから」
「ソーニャ先輩!」
ソーニャも覚悟を決めたのか、一歩前へと出た。透夜はあわててその意志を翻させようと口を開くが、ソーニャはそれは聞けないとばかりに首を横に振る。
「とめても無駄よ、透夜。あなただけに相手をさせるわけにはいかないわ……」
ソーニャは多少強がりのこもった笑みを浮かべて透夜を見た。
透夜もついに、ソーニャを引き留めることは諦めた。
すべてを託すように、絵理と杏花へ視線を向ける。
「絵理ちゃんと杏花さんの魔法が頼りだ。全ての魔力を使うつもりであのドラゴンに全力で魔法を使って!」
「わ、わかった……死んじゃやだからね、みんな……」
「透夜君、ソーニャ先輩、マリアさん……必ず無事に戻ってきてください……」