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095 黒い鎧の騎士

 土の精霊と戦った部屋もそこで行き止まりだったため、元の広間へと戻ってきた五人。


 まだ入っていない通路へと足を踏み入れる。やはり同じように通路がしばらく続き、こちらも突き当りに扉があった。


 これまでと同じようにボタンを押し、扉を開けて中へと入る透夜たち。部屋中央へ視線を向けた彼らは、そこで見たこともないモンスターの姿を目にし、たちまち身構える。


 床の上に立つのは鎧をまとう騎士だった。鎧の色は黒である。体格はかなり大きい。


 しかも、これまで見てきた赤、青、銀といった騎士たちとは決定的な違いがあった。頭がなかったのである。


 いや、正確には、頭が首の上になかった、と言うべきか。


 黒い鎧の騎士は、己の頭と思しき兜に包まれた頭部を、自分の左手に抱えていた。その兜の奥からはやはり他の騎士のように、光る目が二つ覗いている。


「デュ、デュラハン?」


 透夜はゲームなどでたまに目にする首無し騎士の名を呟いた。目の前のモンスターはそれにそっくりだったのである。


 透夜がデュラハンと呼んだその魔物は、ソーニャが持つ両手剣よりも大型の剣を右手一本で持っていた。どうやらかなりの膂力を持つモンスターらしい。


 そして一番気になったのは、その全身から青白いオーラのようなものを発していることだ。


 かつて戦ったゴースト、そしてあのマキナと名乗った少女から放たれていたものと同質に見える。ただ、ゴーストと違って体そのものは実体があるように思えた。


「ホーリーウェポンをかけたほうがいいかな?」


 透夜が仲間たちに声をかけ、絵理たちもそれに同意した。


 明らかに、聖なる力が効果を発揮しそうな相手である。


 しかしそんな暇を与えることなくデュラハンが動いた。


 金属の靴音を響かせて駆けてくる。狙いは透夜だ。


 縦に振り下ろされる剣を、透夜は横に飛んでかわす。


 片手のみで叩きつけられた斬撃は、石の床を大きくえぐって破片をあたりへと巻き散らした。


 予想していた通りの怪力だ。そしてやはり実体はある。


「はっ!!」


 デュラハンに対してソーニャが剣を振りかざす。


 しかし襲い来るその刃を、勢いよく石床から引き抜かれたデュラハンの大剣が受け止めた。もちろん片腕である。激しい音が鳴ると共に火花が周囲に舞い散る。


「くうっ!?」


 そのまま振り回された剣に、ソーニャが耐えきれず後ろへと飛ばされた。


「先輩!!」


 フォローに入ろうとした透夜にむけて、振り向きざま剣を斜めに薙ぎ払うデュラハン。


 それを寸でのところでかわし、なんとかすりぬけざまに片刃刀の一撃を加える透夜。それは首無し騎士の黒い鎧をえぐり取った。しかし、これまで戦った青騎士や赤騎士といった相手とくらべて手ごたえが弱い。


風の刃にて断ち切る( 風 切 )!」


 マリアは魔力で風の刃を放ち、デュラハンの鎧に一筋の刃の痕を刻んだ。デュラハンは数歩後ろによろめく。とはいえ、透夜から見てその威力もいつもほどではないように思える。


 一応どちらも効いてはいるようだが、やはり聖なる魔法の力を借りるべきなのか。


ホーリーウェポン( 聖 与 )!」


 そんな透夜の意を汲んだように魔法の詠唱が響き、透夜の片刃刀に白い光が宿った。絵理がかけたのだ。杏花もほぼ同時にソーニャへとその魔法を使用する。ソーニャの持つ剣の黒い剣身が相反する真っ白な光を放つ。


 ソーニャは自分の腰からオレンジ色のポーションを引き抜き、飲み干した。ストレングスポーションである。これであの怪力にも対抗できるだろう。


 透夜もアジリティポーションを手に取り、飲んだ。軽く剣を振り、自分の身のこなしが上昇していることを確認する。しばし間合いをはかる透夜たち前衛。デュラハンもしかけない。


ホーリージャベリン( 聖 槍 )!」


 そこに杏花が聖なる魔法の槍を撃ちだした。白く輝く槍はデュラハンの胸に突き刺さる。首なし騎士は一瞬のけぞった。が、かつてゴースト戦で見せたほどの効果はない。先ほどマリアが放った風の刃と同程度のように思えた。デュラハンもすぐに衝撃から立ち直り、追撃しようと考えた透夜たちは動けずに終わった。


 剣も、魔法も、聖なる力もいずれも効果がある。しかしどれも弱点ではない……といったところだろうか?


 推測している透夜たちを前に、ふたたびデュラハンが床を蹴った。今度の標的はソーニャ。


 ソーニャはその大きな刃を自分の剣で真向から受け止めた。ストレングスポーションのおかげか、さっきのように力負けすることはない。むしろじわじわと押し返すほどだ。


 そこに透夜が光る片刃刀を持って迫った。この敵は盾を持っていない。今がチャンスだ。


 しかし、デュラハンは迫る透夜に向けて左手に持つ頭をかざした。


 透夜の脳裏に嫌な予感がかすめたその刹那。


 デュラハンの頭部から、緑色の霧のようなものが透夜に向けて吐き出された。


「!?」


 それを吸い込んだ透夜はたちまち片膝をつく。毒を帯びた息だ。かつて兵隊アリから受けた毒針のそれよりも強力な。


「トウヤ!」


 透夜を助けるべく毒の霧がただようその場に飛び込んだマリア。左右の手に持つそれぞれの剣でデュラハンの頭をバツの字に叩き斬る。その刃にはすでに絵理によるホーリーウェポンがかけられていた。聖なる力が込められた刃は先ほど透夜が振るった斬撃、マリアが放った風の刃よりも深い傷をその頭部に刻み付ける。


 白い刃に刻まれた頭部は苦し紛れにさらなる毒の息を吐き出した。マリアは透夜をかばうようにその前に立ち、さらなる左右の剣閃を繰り出す。デュラハンは目障りな女を膝つく男とまとめて叩き斬るために、巨大な剣を振るおうとした。しかしそれは果たせなかった。


 デュラハンが得物を振り回すよりも早く、ソーニャの両手剣による斬撃が見舞われたからである。黒い鎧に包まれた胴体は、ストレングスポーションで強化されているその一撃で真っ二つになった。


 大きな音を立てて首無し騎士は倒れ、その体から放たれていた青白いオーラも消滅したのだった。


「透夜! 大丈夫!?」


「な、なんとか……」


 透夜は携帯していた解毒ポーションを飲み干し、事なきを得た。アジリティポーションが作れるようになってからも、念のため一本は残しておいたのが幸運であった。続いてヒーリングポーションを飲み、失った生命力も回復させる。


 もう平気なのかしっかりと床に立つ透夜に、ソーニャはほっと安堵の息を吐く。


「マリアさんも、大丈夫ですか!?」


 絵理と杏花も透夜たちのもとにやってきた。


 透夜は解毒ポーションのおかげで治ったが、マリアもあの毒の霧に巻かれたはずだ。そのことを思い出して透夜とソーニャもマリアへと視線を向ける。


 しかし当人であるマリアはけろりとしていた。


「ああ、毒のことか? それなら平気だ。生きていない私に毒は効かん」


「そ、そうなんですか……良かった……あ、い、いえもちろんそういう意味で良かったと言ったわけではなくて……!」


 冷静に考えると「良かった」という言い方は、死んでしまっている彼女を傷つけるような発言になってしまったのではないかと思い、絵理は慌てふためいた。


「大丈夫だ。その気遣いだけでも嬉しい」


 マリアは特に気にしていないようで笑顔で返す。絵理にそんな意図がないことを知っているからだ。


 立ち直った透夜も、さきほど自分をかばってくれたマリアに礼を言う。


「ほんとうにさっきは助かりました。ありがとうマリアさん」


「どういたしまして、トウヤ」


 多少の気恥ずかしさを思わせるようなそぶりで返礼するマリア。そんなマリアに透夜が少し気になったことを尋ねる。


「ところで、マリアさんのペンダントがさっき光っていたような気がしたんですが……」


 マリアも透夜たちと同じく、ペンダントトップに宝石がついた首飾りを身に着けている。


 毒霧にまかれていた透夜の側にマリアが飛び込んできた時、その宝石が光ったように見えたのだ。それと同時に、彼女の周りに結界のような防壁がうっすらと張られていたことも。


「ああ、私のペンダントは毒を防ぐ効果がある。お前たちのそれが火や風を防ぐようにな」


 ……ん?


 さっき、自分に毒は効かないと言ってなかったか?


 全員の頭に疑問符が張り付いていることに気付いたのか、マリアはペンダントトップに手を沿えて誰にともなく話し出した。


「私にこれを着けさせているのはマキナだ。いつもこの剣や鎧といっしょに、このペンダントを身に着けて私は目覚める……」


「ええええ?」


「どういうことなんです?」


 ますます深まった疑問に絵理と透夜が声をあげたが、もちろん杏花とソーニャも同じ心境であった。とはいえ、それはマリアとて大差ない。


「マキナの考えは私にもよく分からん。あいつなりの冗談なのかもしれん。もしくはただの嫌がらせかもな」


 そう小さく笑うマリアの表情には、決して憎しみだけではない別の感情がこもっているように、透夜たちには思えた。

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