093 地下十階。唐突に出てきた宝箱
地下十階へと下りてきた透夜たち。
階段から少し歩くと広間に出た。壁にはいくつかの通路が道を開けている。
石板などの道しるべとなりそうな物もないので、透夜たちは適当な道をひとつ選んでその中へと入っていった。しばらくは同じような光景が続く。
やがて通路を歩いていた透夜たちが角を右に曲がると、その少し先は壁だった。行き止まりに突き当たったのである。
が、そんなことは些細だと思わせる光景も同時に目にした。
通路の奥に宝箱らしきものが置いてあったのだ。
「すごい! 宝箱だ!」
「ま、待ってください絵理!」
後衛にいたにも関わらず、いの一番に駆けだそうとした絵理を杏花が慌ててとどめた。
「どうしたの!? 宝箱だよ! きっとお宝がザックザクだよ! それに金貨だって入ってるかも!」
しかし、その声になぜか透夜たち全員が困ったような笑みを浮かべて首をゆっくりと左右に振った。
「明らかに怪しいよ、絵理ちゃん……」
「そうよ。それに、このダンジョンで今までに宝箱を見かけたことなんてあった?」
マリア以外の三人はかつて黄金の獣が潜んでいた部屋のことを思い出す。たしかあの時もこんな感じのやりとりをした気がする……。
透夜、ソーニャの言葉に絵理が動きをぴたりと止める。そういえば、これまで手に入れてきたアイテムは、そのほとんどがくぼみや台座に置かれていたのだった。
わずかな希望にすがるように、絵理はマリアにも視線を向けてみる。
「私も、宝箱らしきものを目にするのはこれが初めてだな……」
しかし返ってきたのは無情な答えだった。
マキナが生み出すダンジョンを何度も経験しているはずのマリアでさえ、宝箱を見たことがない。さすがにその言葉を聞いた絵理の瞳から、先ほどまでの欲望にとりつかれた光は消えていた。
冷静さを取り戻した目で通路奥にある宝箱を見る。
「じゃ、じゃあなんなの? あれは……」
「いわゆる、ミミックみたいな奴じゃないかな?」
絵理と同じ方に視線を向けた透夜はゲームなどでおなじみの、宝箱に擬態することで有名なモンスターの名をあげた。つまりはトラップの一環である。
全員が、改めて警戒の目で宝箱を見据えた。
その時、急に宝箱が動いた。高く飛び上がったのである。もはや騙せそうにないと判断したのか、ジャンプを繰り返し、箱の口を大きく開けながら迫ってきた。その口にはびっしりとキバが生えている。噛みつかれたらただでは済むまい。
……が、そのとびかかりは一撃で叩き落とされた。
ソーニャが両手剣を思いきり叩きつけたのである。
大きな音を立てて転がったところに、ソーニャが容赦なく追撃の剣先を突き立てた。
宝箱に擬態していた魔物は大した耐久力もなかったのか、そのままぴくりとも動かなくなった。
「……まあ、正体が分かってたらこんなものよね」
ソーニャがどこか冷酷な笑みを浮かべてそう言う。やはり、多少は期待していてそれを裏切られた怒りがあるのかもしれない。
「一応、中身を見てみようか」
透夜は転がっている箱をひっくり返す。しかし、箱のフタと本体にそれぞれキバが生えている以外は何もなかった。これまでに見てきた青騎士や赤騎士といった連中に近いモンスターだったのかもしれない。
その懐に何か隠しているのでは、という最後の希望もあっさり打ち砕かれてしまう。
ひょっとすると……という気持ちは透夜たちも持っていたので、がっかりしてしまったのは事実だ。
「うう、ひどいよ……乙女心をもてあそんで……」
特に、金貨を欲している絵理の悲しみはひとしおだった。