092 マキナが支配している強大なモンスター
一旦小休憩をとることにし、先ほど手に入れた魔法の本をさっそく読んでみる透夜たち。
主にポーションの作り方について書かれた本のようで、透夜たちが知らない文字、知らないポーションのことも触れられていた。
新しく知った文字のひとつは『敏』。
これは《敏増水》と三つの文字を描き、発音することで肉体の敏捷性を増やす薬を生み出すことができる。
力を増やすストレングスポーションの同シリーズといったところか。もちろん効果時間には限りがある。
透夜たちはこの魔法とそれによって生まれる薬を、アジリティポーションと呼ぶことにした。
二つ目の文字は『知』。
《知増水》という文字の組み合わせで生まれた薬を飲むと、一時的に自分の魔法の威力を高めることができるらしい。
こちらはインテリジェンスポーションと名づけることにした。
この本で新たに得た文字と魔法はこの二つだけだったが、いずれも凄く便利そうなポーションである。
透夜とソーニャはアジリティポーションを、絵理と杏花はインテリジェンスポーションをそれぞれ常に携帯しておこうと決めた。強敵相手に役立ちそうだからである。
「ねえマリアさん。なんでこのダンジョンにはこういった便利なアイテムが用意されてるんですか?」
「たしかに、私たちが強くなるだけよね」
もっともと言えばもっともな疑問を今さらながら絵理がマリアにぶつけた。ソーニャも気になったのかマリアを見る。もちろん透夜と杏花もだ。
「マキナが何を考えているのかは、私にもはっきりとしたことは分からん。おそらくスリルを楽しんでいるのだろう。実際、最初の頃はこういったアイテムが転がっていることもほとんどなかったようでな。そもそも私がいる階にまで来れるような人間も滅多にいなかった」
全員から注目されたマリアは自分の推測を述べた。
「だが、いつ頃からか迷宮内に配置されるアイテムの数も増え、それに伴って召喚された者たちはより先へと進めるようになった。あまりに誰も降りて来ないからつまらないと思い始めたのかもしれん」
先ほどのマリアではないが、マキナという少女は本当に何を考えているのか分からない……というのが透夜たちの率直な感想だった。
「とはいえ結局マキナのいる場所にまでたどり着けた者はなく……そのうち用済みになったダンジョンはマキナによって破壊され、また新たなダンジョンが作り出されるわけだが……」
そこまで語ったマリアが、少し思案に沈むようにうつむいた。
やがて、何かを決意したかのような表情で、透夜たち全員を見渡す。
「お前たちに言っておかないといけないことがある……マキナが迷宮の中に配置するモンスターは、この世界に存在する生物を流用したり自分で生み出したりしているのだが、常に同じというわけではない。私も竜巻の姿をしたあの魔物は初めて見たからな。まあひょっとすると、これまでは私が知らない場所に配置されていただけかもしれないが」
透夜たちは静かにマリアの言葉に耳を傾けている。果たして、何を言おうとしているのか?
「だが、決まってあいつが迷宮内に配置するお気に入りの生物がいる。有り余る魔力をもってその意志を奪い、手懐けているのだ」
そこまで言ってマリアは一旦言葉を切った。一拍置いて、ついにマリアはその生物の名前を透夜たちに告げる。
「我々の世界でその生物はこう呼ばれている……ドラゴンと」
マリアの口上に、しばし言葉を失う透夜たち。全員がその名称を良く知っていた。そしてその生物の巨大さと恐ろしさも。
「ド、ドラゴンって……あの、でっかいトカゲみたいなやつですか!?」
絵理が両手で大きさを示すようにしながら問い返した。マリアはそれを興味深げに見つめている。
「ふむ……たしかにトカゲと言えばトカゲに近いが……お前たちの世界にもいるのか? ドラゴンは」
「いえ、さすがに実在はしていないみたいですが……伝説上の生き物として有名です。物語なんかによく出てきます」
絵理以外の三人にも視線を投げたマリアに対し、透夜が口添えた。
「四本脚で体が大きくて長い尻尾を持ち、全身に鱗が生えてて空を飛ぶための翼もある。開いた口には牙がびっしり、そして火を吐く……私たちの世界で語られるドラゴンといえば、そんなところよ」
ソーニャの簡単な解説を聞いて、マリアはあごに手を当て思案する。
「ふむ……私たちの世界におけるドラゴンも大体そんな感じだな。ただいくつか種類があってな、翼がなかったり、火のかわりに毒の息や氷の息を吹いたりもする」
「私たちの世界でもそういった違う種類のドラゴンはたびたび出てきます。いずれも大きな肉体を持っているのは変わりませんが」
「なるほど、それなら話が早いな」
補足するようにそう言ったのは杏花。お互いのドラゴンに関する認識を理解したマリアは、ふたたび透夜たちを見まわした。
「それでマキナが支配しているドラゴンは、全身が真っ赤に染まっているレッドドラゴンというやつでな。ソーニャが先ほど言ったのとほぼ同じ特徴を持っている。ただ、空を舞うための翼は生えていない」
翼があるよりはないほうがまだマシとはいえ、それでドラゴンの恐ろしさが薄まるかと言うと、もちろんそんなことはない。透夜たちは顔を見合わせる。
これまで、ファンガス、ワーム、フレイムハウンド、鎧をまとった騎士、巨大なアリ、などと色々なモンスターと戦ってきたが、まさかドラゴンとも戦うことになろうとは。
「その……ドラゴンと戦わずにすむ方法っていうのはないんでしょうか……?」
おずおずと絵理が口にする。透夜たちも絵理と同じ気持ちだ。しかし、マリアは無情にも首を横に振った。
「今までの経験上、マキナは必ずレッドドラゴンを避けて通れないような地点に配置していた。だから先に進めばいつかは遭遇する。絶対にな」
断言したマリアを前に沈黙が広がる。しばらくして、透夜が肝心のことを尋ねた。
「……僕たちは、そのレッドドラゴンという奴に勝てるんでしょうか?」
「……一応、私たちの世界でもレッドドラゴンを倒した者は過去に何人か実在したらしい。もちろんその陰には数多の骸が存在しているわけだが」
マリアが言いにくそうに喋ったことは、当然ながら透夜たちにとってなんの慰めにもならなかった。
「私の目から見て、今のお前たちはかなりの実力者だ。これまで召喚されてきた者たちの中でも、お前たちほどに強くなっていた者はほとんどいなかったし、我が国が健在だったころの勇者たちの中でも上位に入れるだろう」
透夜たちを見渡して彼らをそう評価するマリア。しかし、最後には力なく顔をうつむかせた。
「ただ、やはりレッドドラゴンに確実に勝てるとは言えん……」
マリアとしては、妹マキナの待つ場所にたどり着くためにも、その門番に等しいドラゴンへと挑んでもらわねばならない。
しかしマリアは、透夜たちなら絶対に勝てるとはどうしても口にできなかった。
これまでの自分への彼らの接し方に対し、それは不誠実の極みだと思ったのだ。
「……とにかく、行けるところまでは行ってみましょう」
しばらくの沈黙の後にそう発言した透夜を、絵理たちが見た。マリアも透夜に視線を向ける。透夜の表情はとても苦しそうだ。
勝てない可能性が高そうな戦いに挑むことが怖いというのもあるが、絵理たちをそんな危険な場所に向かわせることにも抵抗がある。
だが、だからといって立ち止まるわけにもいかない。
マキナを倒さないと元の世界に戻れないのならば、そのレッドドラゴンとだって戦うしかないではないか。
もちろんそれは三人の少女にも分かっていた。ソーニャが肩をすくめる。
「……わかったわ。もちろん私もついていくわよ、透夜」
「うん……こわいけど、あたしも行く」
「私もです……それに、実際にこの目で見てみないと何とも言えませんし」
全員が決意を瞳に宿し、マリアを見た。もちろんその目には固い意志と同じくらい恐怖の色が揺れている。
それでも先に進もうと言ってくれた透夜たちに、マリアはまたいつかのように頭を下げた。
「ありがとう……本当に、お前たちと出会えて良かった……」
◇◆◇◆◇
恐るべき敵の存在を知らされた後も、新たに探索を続ける透夜たち。
やがて目の前に下り階段が見えてきた。
地下十階への階段である。
五人は顔を見合わせて頷きあうと、より深い階層へと歩を進めるのであった。