091 荒れ狂う竜巻
眠りから覚めた透夜たちは、それぞれおはようと挨拶する。もちろんマリアも同様だ。
彼と彼女らの表情は久しぶりに明るい笑顔が浮かんでいた。ぐっすりと眠って気力も回復している。
朝食を終えた透夜たちはさっそく探索を開始した。透夜たち四人とマリアとの間にあった溝も、昨日に比べればずいぶんと小さくなった。
やがて通路の途中で扉を見つけ、それを開けて足を踏み入れた透夜たち。
その時、部屋の中央に一陣の風が吹いた。
どこからともなく吹きすさぶそれは、どんどん部屋の中央に集まり、やがて一つの形をとる。
小さな竜巻といった存在が石の床の上に生まれていた。
「か、風の精霊!?」
上の階で見てきたものが水の精霊、火の精霊なら、それはまさに風の精霊と思しき姿をしていた。
風の精霊らしきものは、自分のミニチュアのようなさらに小さい竜巻を周囲に複数ばら撒いた。
それらは床に着地すると、コマのように回転しながら透夜たちの方へと近づいてくる。
「避けて!」
ソーニャが叫ぶのとほぼ同時に、透夜たちは迫る小さな竜巻から身をかわしていた。当たるとどうなるかは不明だが、ろくでもないことになるのは目に見えている。
通り過ぎた小さな竜巻は円を描くように部屋の上を動き、ふたたび彼らの方へと戻ってくる。そのスピードはそこまで速くない。
しかし竜巻の本体は新たな自分の小さな分身をふたたび生む。それらも同様に床の上を進み始めた。このままでは避けられないほどに部屋が埋め尽くされてしまう。幸い、まだ余裕はある。今が好機と、透夜は得意の魔法を解き放つ。
「ファイアーボール!」
もちろん狙うは部屋の中央にある一番大きな竜巻だ。
赤い火球が竜巻に着弾……したかと思った瞬間、その火球は爆発することもなく竜巻に飲み込まれるようにその渦巻きの中へと入ってしまった。やがて、その火球が飛び出してくる……透夜たちが立つ方角に。
「!?」
透夜たちが反応するよりも速く、赤い火球はその側をかすめて後ろの壁に着弾した。
同時にすさまじい爆発音が鳴り響く。
透夜たちは恐る恐るそちらを見た。壁の一画が爆発によって派手に焦げている。
「あ、あ、あ、あっぶなーい……」
絵理が冷や汗を流しながら声を漏らす。もちろん汗をかいてるのは透夜も同じだ。あやうく、自分の魔法で仲間を巻き込むところだった。
そんな透夜たちにさらなる竜巻が押し寄せる。あわててそれぞれ回避するが、中央の竜巻はさらに風のコマを撃ちだした。
「アースウォール!」
杏花が、思いついたかのように文字を描き、魔法で土の壁を作り出した。
小さな竜巻はそれに命中し、派手な音を立てて炸裂した。生まれた土壁の一部を大きく破砕させながら。
「壁ひとつで竜巻ひとつをなんとか防げる感じ!?」
それを見たソーニャが杏花にならって自分も土壁を生み出す魔法を用いる。
もちろん透夜たちも続いて同じ魔法で土の壁をいくつも作り出した。
そこに複数のミニ竜巻が直撃し、消滅しながらも土壁を使い物にできなくしていく。
とりあえず防ぐ方法は分かったものの、このままではジリ貧だ。本体の竜巻はどんどん新たなミニ竜巻を生み出しているし、だからといって本体が小さくなっているわけでもない。
さらなる土壁を追加で作りながら、透夜たちは対策を練る。
「どうする? 剣に魔力を付与して斬りかかってみるか?」
土壁の後ろに隠れながら、マリアがそう尋ねた。しかしその口調は自信なさげだ。
ソーニャは自分の胸元を見た。そこには風の攻撃に対する加護を持っているはずの緑の宝石がある。これをつけている自分ならあるいは……?
「たぶんそれは危険ですよ、マリアさん」
しかし絵理がそう答えた。
透夜と杏花も絵理と同意見だ。あまり試したいとは思わない。
風のペンダントを身に着けているソーニャでなくとも、プロテクトウィンドをかけるなどすれば、きっとあの風の威力を和らげることはできるはずだ。
しかし果たしてどれほど防げるのか。
小さな竜巻ですら土の壁をあっさりと粉砕しているのだ。本体に触れた時の威力はそれ以上と考えるべきだろう。
「やっぱり魔法でどうにかしたほうが良いと思います」
杏花が言うが、しかしどんな魔法なら効くのだろう。
ファイアーボールをあさっての方向に飛ばしたように、アイスジャベリンなどの魔法も逸らされる可能性が高そうだ。
しばし、アースウォールを唱えて土壁を作り、迫るミニ竜巻から身を守る透夜たち。
やがて、透夜の脳裏にある魔法のことが閃いた。
「ライトニングレイはどうかな? 射程距離もだいたい調整できるし」
その言葉に絵理たちも自分らが使う雷光の姿を思い出した。たしかにあれならば逸らされることもなさそうだ。
「いいね、それ!」
「決まりね!」
同意が得られたのを確認し、透夜はさっそく行動を開始した。
土壁から身をのりだし、魔法の文字を宙に描いて同時に詠唱する。
「ライトニングレイ!」
放たれた雷光がたちまち部屋中央の竜巻を撃つ。暴風がより集まっているかのような姿が大きくゆらいだ。雷光の帯が屈折して跳ね返されることもない。
問題なさそうであることを確認した絵理たちは透夜に続き、それぞれ魔法の詠唱にとりかかる。
ライトニングレイという言葉だけでは分からなかったマリアも、自分が使う魔法のひとつと同じものであることを理解し、自分もそれを発動させるために剣先で光の文字を空中に刻む。
「まばゆい一筋の雷光!」
絵理たちが次々と放った雷光とそっくりの光の帯がマリアのもとからも放たれた。
複数本の雷光を浴びせられた風の精霊の大きさは、もはや最初の半分ほどしかない。
それからわずかの時間をもって、風の精霊と思しきモンスターは魔法の雷光による攻勢に屈し、消滅したのだった。
強敵を撃破できた透夜たちはほっと一息つく。
「なんとか勝てましたね」
「うん……ファイアーボールがこっちに向かってきた時は、以前透夜くんが言ってたことを思い出しちゃったよ……」
もちろん、ファイアーボールの爆発に巻き込まれて死にそうになったと常々話していたことである。さすがに透夜も恐縮した。
「ご、ごめん……」
「透夜もあまり気にしないの。さっきのは仕方ないでしょ?」
「うむ。終わりよければすべてよし、だ」
日本でよく耳にする格言をマリアが口にした。もちろんマリアがこの世界の言語で同じようなことを喋り、それが翻訳された形で透夜たちに聞こえているということであろう。
絵理も、さきほどの発言は別に透夜を責めたくて言ったわけではない。
お互いにひとしきり健闘を称えあうと、改めて部屋の中を探す。
するとすぐに壁の一画にボタンがあるのが見つかった。
ボタンを押すと、側の壁が振動し、小さなくぼみが生まれる。
中にあるのは一冊の本と、ガラスビンがふたつだ。
まずは本のほうを手にする透夜。
ページをめくってみると、一部はすでに知っている文字が書かれていたものの、未知の文字もあった。これはあとで精査することになりそうだ。
残るはふたつのガラスビン。
絵理がふと思ったのか、マリアの方へ振り向く。
「そういえばマリアさんって、ポーション……こういう薬は持ってないんですか?」
「うむ。私には残念ながらそういう薬は効果がない。その代わり少しの傷なら自然に回復する」
自分の腰から下げているカラフルな液体が入ったビンを示す絵理に、マリアは頷きながら答えを返した。
たしかに以前マリアが受けたはずの傷痕は、もう残っていない。
「だからお前たちで使うといい。前も言ったと思うがお前たちが頼りだ」
「分かったわ。じゃあどうやって分配するかだけど……」
四人を見渡すようにかけられたマリアの言葉にソーニャが返事をし、ガラスビンを誰が持つかについて考え始める。
透夜以外の三人はガラスビンを4本ずつ所持している。が、しかし決定的な違いがある。それはポーションを差しているベルトのスロット数だ。絵理は4本のビンしか差しておけないが、杏花とソーニャは6本まで携帯できる。
使用のしやすさを考えると、やはりまずはこの二人が優先して所持しておくべきだろう。
というわけで、杏花とソーニャのガラスビン保有数は5本ずつとなった。
「つ、次にガラスビンが手に入ったらあたしがもらっていいんだよね?」
何かに耐えるように震える声を出す絵理に、透夜たちは優しく慰めるように揃って頷いてみせたのだった。