088 マリアの告白
「まず私の名前から……私の正式な名前はマリアンヌ・ド・アンフィニ・サヴリエペター。この国の第一王女だった」
その言葉に透夜たちは驚きの吐息をもらす。
高貴そうだとは思っていたけど、まさか本当にお姫様だったなんて……と、絵理はマリアを見ながら心の中でつぶやいた。
「そして先ほどマキナと名乗ったあの女は私の妹、マキナンナだ」
どうやらあの少女が言ったように、マリアがその姉であることは確かなようだ。両者はそっくりな金色の髪と紫色の瞳を持っている。
「この国の王族は数十年に一度、選別された一人に代々続いているある義務が課せられる。そして選ばれたのがマキナだった」
「義務って?」
「その命と魔力とを引き換えに、国を悪しき存在から守るための生け贄になることだ。お前たちの言葉でいうなら人柱というやつだな」
マリアの言葉に絶句する透夜たち。マリアは顔に苦渋の表情を滲ませたまま続ける。
「本来なら私が選ばれるはずだった。そして私は国のために命を捧げてもいいと思っていた。しかし、マキナの魔力は強かった。私などでは及ばぬほどにな。だからマキナが生け贄に選ばれてしまった」
その時のことを思い出したのか、くやしげに歯を食いしばるマリア。
「あいつは泣いた。まだやりたいこともいっぱいあるのになんで一番若いアタシがと。私も泣いたし、私がその役目を負うからと親族に訴えもしたがどうにもならなかった。マキナは古のやり方にのっとり、生け贄となった」
語られる内容に透夜たちは口をはさむ術もない。
「しかしあいつの魔力は強すぎた。その魔力は死んだ魂をも動かすほどだった。ある日、死んだはずのあいつが、生前の姿を持って戻ってきたのだ。そして王族のみならず、国中の人間すべてに対して復讐を宣言した」
それでは、先ほどの姿はマキナという少女の死後の姿ということなのだろうか。少女の全身からは、あのゴーストと呼称した魔物と同じような青白い光が放たれていた。
「妹はそれ以来、自分で作ったダンジョンの奥に女王という形で君臨して魔物を従え、自分を倒すための勇者に見立てた他の人間を召喚しつづけては、その結果を眺めて楽しむというゲームを始めた。攻略できずに死んでいく人間たちをあざ笑い、用済みになったダンジョンを崩してはまた同じようにダンジョンを作り出す」
マリアはそこで言葉を区切り、透夜たちを改めて見据えた。
「以前、このダンジョンは一体何なのかと聞いたな? 今こそ答えてやろう。このダンジョンはただの遊び場だ……すでに死んでいる私の妹マキナの」
遊び場……ただの遊び場……。マリアの言葉が透夜たちの頭の中でリフレインする。
自分たちが命をかけてここまでやってきたことは、あのマキナという少女のただの暇つぶしに過ぎなかったということか。
「そして死んでいるのは妹だけではない……お前たちが見たであろう城の兵士たち……いや、この国の民すべてはもうすでに死者となり果てているのだ……この私も含めてな……」
……え?
透夜たちはマリアを見返し、彼女が今言ったことをもう一度、頭の中で繰り返した。すでに死んでいる……?
「私が何かを食べたり飲んだりしているところを見たことがあるか?」
理解を拒んでいるような透夜たちに向けて、マリアは追い討ちのように告げる。
たしかに、食料は自分で用意しているとは言っていたが、それを実際に食べた姿を目撃したことはなかった。もちろん水を飲んでいたこともない。それによくよく思い返してみると、眠っているところすら見た記憶がなかった。
「私はマキナの姉マリアの姿を模して造られ、その魂を吹きこまれた存在……いわば人形のようなものだ。マキナが新しいダンジョンを生み出すたび、私も新たな肉体とともにこのダンジョンに作り出される」
自分の胸に手をあて、マリアは顔を少しうつむけて悲しそうにささやいた。
「さきほど言ったように、この国、この世界には生きている人間はもはや一人もいない。すべてマキナの餌食になったからな。しかしマキナはそれにも飽きたらず、他の世界に目をつけて同じことをやりだした。そして今回選ばれて召喚されたのがお前たちということだ。私もお前たちも、いわばあいつのオモチャにすぎん」
聞かされた真実とその衝撃により、透夜たちはまだ口を開くことができなかった。
「私は時が来たらこのダンジョン内で目覚め、攻略者たちと出会って彼らを導き、一緒に戦う……そのように作られている。あの城の兵士たちもそうだ。妹の手によって召喚されたお前たちのような者を、このダンジョンに荷物を持たせて放り込むという役目のためだけに動かされているのだよ」
そこまで語り終えるとマリアは息を吐き出した。いや、正確には息を吐き出すような動作をした、と言うべきか。
ふたたびマリアは強い意志の宿る視線を透夜たちへと向けなおした。
「元の世界に戻りたいなら、あいつを……マキナを倒せ。私に言えることはそれだけだ。もちろん私も共に戦う。そのために私は存在しているのだから」
しかし、マリアの告白を聞いた透夜たちは顔を見合わせるばかりだ。
もちろんいろいろとあって心の整理が追いつかないということもある。だが、肝心なのはそれらのことではない。
とりあえずこの世界に召喚された謎は解けた。そして自分たちがやるべきことも分かった。
それでも大きすぎる懸念事項がある。目の前にいる金髪の女性のことだ。
やがて、透夜たちがおずおずと口を開く。
「でも、その……妹さんと戦うことになるんでしょう?」
「それに、今のマリアさんはつまりあのマキナっていう子に作られたわけですよね?」
「『聖』の文字を手に入れてゴーストを倒したことすら、あのマキナって娘の筋書き通りだったってこと……?」
透夜たちの視線が、婉曲的な質問が、マリアにこう告げていた。あなたを信用していいの? と……。
「……お前たちと一緒にマキナを討つというこの気持ち。これはマキナに植え付けられた考えだけではない私の意志だ……そう信じている……そして信じてほしい」
そう言うと、マリアは深々と頭を下げた。
◇◆◇◆◇
ゴースト――この場を守っていた青白い魔物を倒したおかげか、入口とは反対方向にあった扉がいつの間にか開いている。
しかし、誰も先へ進もうとは言い出さなかった。
さすがに、今日はこのまま探索を続けるのは難しい。戦いの疲れもあるが、もちろん心情的な理由でだ。今の状態で敵と遭遇してまともに戦えるとは思えない。
「とりあえず、今日はここまでにして休もうか?」
透夜がマリアを含む全員を見渡していった。
絵理たちがおずおずとうなずいてその意見に同意した。マリアも反対しない。
会話をすることもほとんどなく、四人はそれぞれ準備を始めた。
火を起こし、四人はモンスターの肉を焼く。マリアはもちろん食べたいとは言わず、もう隠す気もないのか食事をとるようなそぶりを見せることもない。
今はただ黙って床で燃える魔法の火と、言葉すくなに食事をする透夜たちを見つめている。
透夜たちは、マリアとどう接すればいいのか分からなかった。
すでに死んでおり、今はあのマキナと名乗る少女によって作られた肉体に魂を宿されたという。
これまでは共に戦ってきたが、それもあのマキナがそう指示しているからではないか?
さきほどマキナを討ちたいという気持ちは自分の意志だと口にしていたが、果たしてそれは信じられるのか?
その日は魔法の訓練をはじめとする自己鍛錬すらほとんど行なうことなく、透夜たち四人は眠りについた……。