087 謎の声の主
戦いは終わった。
全員が顔を見合わせてお互いの健闘を称えようとしたその時、突然あたりに笑い声が響き渡る。
透夜たちは驚き、周囲に視線を走らせた。この声には聞き覚えがある。
「この声……」
「うん……あの時聞いた声にそっくりだ」
透夜たちがかつて行き止まりの地下七階で聞いた謎の声と同じ響きの、少女のような無邪気さを含んだ笑い声。
間もなくその声は止んだ。それと時を同じくして何もない空中がぐにゃりとゆがみ、その場に何者かが現れた。闖入者は床に着地することなくそのまま宙に浮かんでいる。
あまりのことに透夜、絵理、杏花、ソーニャはぽかんとした表情でその姿を見上げている。
外見は透夜や絵理と大して年の差がなさそうな少女だった。先ほどのゴーストのような青白い光を全身に帯びているが、体そのものは透き通ったりしていない。
幼さが残るその体には、赤と黒の二色で構成されたドレスを身に着けている。宙にゆらゆらと広がる金色の髪をさらに彩るのはドレスと同色の大きなリボンだ。瞳はアメジストのような美しい紫色。
その顔には楽しくて仕方がないという風な笑みが浮かんでいる。
「はじめまして……って言うのも変かしら? すでにアタシはアンタたちを知ってるし、それに……」
そこで一度言葉を切り、口元に笑みを刻んだまま、嘲るような視線をある方向へと向けた。
その視線の先には白のドレスと青の鎧をまとい、宙に浮かぶ少女と同じように金色の髪と紫色の瞳を持つ女性、マリアがいる。
「あーら、久しぶりねお姉さま。今回の仲間はそれなりに使えそうなんじゃない?」
その言葉に、透夜たちが一斉に体の向きをマリアへと向けた。全員の注目を浴びる中、マリアは歯をくいしばるようにして自分を姉と呼んだ少女を睨みつけている。
が、しかし赤と黒のドレスをまとう少女はマリアから透夜たちへと視線を移した。
やや高い位置から透夜たちを見下すように尊大な口調と態度で言葉を続ける。
「アタシのことは……そうね。マキナとでも呼んでくれる?」
自分をマキナと名乗った少女はちらりと、マリアの方へ目を向けた。
「アンタたちはアタシの姉であるそこの女に導かれ……『聖』の文字が書かれた本を手に入れて、聖なる力によってこの場所を守る存在を打ち倒した……。いいわね、今回は楽しめそうだわ。いつ頃ぶりかしら」
舞台の上に立つ役者のように、マキナと名乗った少女は両腕を広げて宙でくるりと一回転する。
透夜たちはただ黙って少女を見上げるしかない。それこそ観客のように。
「アタシはここよりも少し下の階……地下十二階にいるわ。頑張ってたどり着いてね、異界より招かれし勇者の方々? ……ま、アタシが召喚したんだけどね」
言い終えると、空中に浮かんでいた少女はゆっくりと降下し……そのまま水中に潜るように体を床の中へと沈みこませていった。
少女の気配は消えた。
部屋の中には沈黙だけが残される。
透夜たちはゆっくりと向き直った。
先ほどの少女が姉と呼んだ、マリアへと。
マリアは透夜たちへ順に視線を向ける。そして四人の瞳の中に、先ほどまでは存在しなかった警戒、不安、怯えといった感情があるのを見てとった。もっともその反応も当然だ。
マリアはそれらの瞳から顔をそむけることなく、口を開く。
「お前たちにすべてを話したいと思う。聞いてくれるか?」