085 『聖』の文字を冠する魔法
手に入れた本から新たな知識を得た透夜たち。
『聖』の文字を使う魔法で透夜たちが覚えたのは以下のものである。
まずは《聖槍》。
アイスジャベリンやファイアージャベリンで用いる『槍』の文字と組み合わせて使う魔法だ。
聖なる光を帯びた槍が飛び、敵を刺し貫くという。
透夜たちはこれをホーリージャベリンと命名した。
次に《聖雷光》。
聖なるいかずちが、かざした手から幾条も放たれる。一本一本はライトニングレイの雷光よりも小さく、貫通能力もないが一定距離、一定範囲に効果を及ぼすことが可能だ。
名前はホーリーライトニングにすることにした。
そして《聖与》。
これはマジックウェポンの『聖』文字版といったところ。
魔法をかけられた人が持つ武器に聖なる力を付与する。
つけた名称はホーリーウェポンだ。
そして最後に《聖盾》。
以前あの青白い半透明の敵から、透夜とソーニャは防具がまったく役に立たない攻撃を受けたが、それに対する防壁を張って威力を弱めることが出来るのに加え、鎧や盾でも実体ある攻撃のごとく受けることができるようになる。マジックシールドの変化版といったところだろうか。
これはホーリーシールドと呼ぶことにした。
『聖』の文字以外はすべて熟知している文字だったため、これらの魔法を使いこなせるようになるまでそこまでの時間はかからなかった。
「たしかに、これであの敵と戦えそうだね」
「ええ。今度こそ負けないわ」
透夜たちの顔は充実感に満ちていた。なすすべもなかった敵に対処できそうな方法が見つかったのだ。答えが分からなかった問題が解けるようになった時のように嬉しい。
そんな透夜たちを見ながら、マリアは真剣な表情と口調とでそれぞれに声をかけた。
「頼むぞ。お前たちが頼りだ」
「……? マリアさんは、この魔法を使わないんですか?」
訝しく思った透夜が尋ねる。絵理も何かを思い出したようにおずおずと口を開いた。
「そういえば、以前『聖』の文字を使うことができないとおっしゃっていましたね」
透夜たちの不思議そうな表情に、マリアはうつむき、小さな声で返事する。
「……うむ……私に科せられた呪いのようなものでな。私は『聖』の文字を持つ魔法を使うことはできないのだよ」
「そ、そうだったんですか……」
「じゃあ、マリアさんの剣に僕たちがホーリーウェポン……《聖与》の魔法をかけるのはどうでしょう。ひょっとしてそれも駄目ですか?」
透夜が何げなく口にした質問に、マリアは目をぱちくりとさせた。
「……私にも使ってくれるのか?」
「? ……ええ、仲間でしょう?」
まさに意外、という表情でマリアの問いかけにこたえる透夜。マリアは戸惑いながらも、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「……そうだな。ありがとう。使ってもらうぶんには構わないはずだ……おそらく」
「じゃあ今ちょっとやってみましょうか」
「うむ。それでは頼む」
マリアが立ち上がり、左右の剣を鞘から抜く。透夜も立ってマリアを正面から見据えた。
「それではいきますよ……ホーリーウェポン!」
透夜が魔法を使用すると、マリアが持つ二本の剣がまばゆい光を帯びた。文字通り、聖なるという意味を冠しているにふさわしい厳かな白い光だった。
その光を見たマリアが透夜たちにも聞こえないくらいの声量でささやく。
「ああ……この剣で必ずあいつを……」