082 透夜、心を奪われる?
「ふう……」
戦いが終わり、小さく声を漏らすマリア。傷はひとつも負っていないし、疲れている様子もまったくと言っていいほど感じさせない。左右の剣を鞘に収める動作すら、気高さに満ち溢れている。
そこに透夜がふらふらと近づいた。まるで何かに魅入られたかのような顔をしている。そして透夜の視線はマリアに向けられたまま、そらされることもない。
――え!? なに!? 透夜くん、ひょっとしてマリアさんに心奪われちゃったの!?
そんな透夜の様子に気付いた絵理が内心で驚きの声をあげた。
さきほどのマリアの戦いぶりはとても美しかった。まさに舞い踊るという表現がふさわしいくらいに。絵理ですら見とれていたほどである。
マリアが持つ美貌のことも考えると、健全な男子である透夜が虜になっても不思議ではない。
――でででででもまだマリアさんとは出会ったばっかりなんだし、ほほほほほらあたしとの間の絆とかも忘れないでほしいかなー、なんて……。
慌てて心の中で呼びかける絵理の声が聞こえるわけもなく、透夜はマリアの正面に立った。透夜の顔は上気している。
ま、まさかほんとに!? と、いよいよ驚愕する絵理。今まで見たこともなかった透夜のその顔に、杏花とソーニャも愕然とした表情でその挙動を見守っていた。
「マリアさん……」
「うん? どうした?」
震える声を出す透夜にマリアが首を傾げた。そんなマリアに透夜は思いの丈をぶちまける。
「さっきの剣で魔法の文字を描くやつ、僕にも教えてください! めちゃくちゃ格好いいですあれ!」
「そ、そうか?」
瞳をキラキラとさせる透夜に戸惑った声を出すマリア。どうやら、透夜が心を奪われていたのはそっちの方だったようである。
ずっこけそうになるものの、安心する絵理。杏花、ソーニャもなんだかほっとしているようだった。
「どうすれば使えるようになりますか!? やっぱり剣先に魔力を集めるイメージですか!?」
「す、少し落ち着いてくれないか?」
透夜の勢いにのけぞり、やや引いたそぶりを見せるマリア。透夜はその言葉と反応でようやく我に返り、恥ずかしそうに謝ると一歩後ろに下がった。ただ、その瞳は相変わらず期待に満ちている。
やがてこほんと咳払いし、マリアは少し申し訳なさげに小さな声で喋りはじめた。
「その……トウヤにとっては気の毒だが、あの技術は一朝一夕に身に付くものではないんだ……」
「そ、そうですか……残念です……」
困ったように諭すマリアと、がっかりしている透夜。
先ほどから色々な意味でパワーバランスを破壊しまくっている美人を前にしても、いつもと変わらない独特の価値観で動く透夜なのであった。