081 マリアの実力
現在、透夜たちは先ほど開かれた通路の一つを歩いている。この階にあるという『聖』の文字が書かれた本を求めて。
もちろん彼らの中には新しく仲間に加わったマリアの姿もあった。
「マリアさんって、やっぱりお姫さまとか貴族とかだったりするんですか?」
「このダンジョンはいったい何なのです?」
「この世界の人々は、なんのために僕たちを召喚するんですか?」
道中、透夜たちはマリアのことやこのダンジョン、そしてこの世界について彼女にいろいろ尋ねた。
しかしその問いかけに対し、マリアは悲しそうに首を左右に振った。そして決まってこう口にするのだ。今は言えない……と。
明らかに何か事情を抱えているようなのだが、どうにも話してもらえそうにない。
仕方ないので、それらと関連のない事柄を話題にすることにした透夜たち。
するとマリアは嬉しげに対応する。外見も雰囲気も口調もどことなく高貴な彼女ではあったが、透夜たちに対する態度は気さくな感じである。
今は隣に並んだソーニャがマリアと話しているところだ。
「ところでマリアって二刀流の使い手なの?」
「うむ。剣の腕には自信がある。お前はその大きな剣を使って戦うのか?」
「ええそうよ。他にはクロスボウなんかも使うけど、基本はこの剣を持って前に出るわ」
「そうか。では共に肩を並べて戦おう」
――ああああああ、ソーニャ先輩、さっきからあのマリアさん相手にタメ口で喋ってるよ!
最後尾にいる絵理は尊敬の眼差しで先輩の二年生を見ていた。
透夜、絵理、杏花は全員がマリアをさんづけで呼び、さらに敬語で喋っていたが、唯一ソーニャだけは普段通りの口調だった。いや、むしろ肩をそびやかす感じでマリアと対峙している。強敵と向かい合う時のような緊張感があった。一人の女として手ごわいライバルだと認識しているのかもしれない。
やがて通路が新たな扉へと行き当たった。横には開閉ボタンがついている、よく見かけるタイプのものである。
「じゃあ開けるね?」
透夜が確認すると、マリアを含む全員が頷いた。
ボタンが押され、扉があがっていく。透夜を先頭に、皆がその部屋へと入った。
部屋の中にはいくつか別の扉があったが、透夜たちが入ってくるのを待ち構えていたかのようにすべてが開く。ガシャガシャと足音を響かせて中から鎧をまとう騎士の集団が現れた。
これまでに見かけた青騎士、赤騎士、銀騎士である。
透夜は片刃刀と盾を、ソーニャは黒い刃の両手剣を構えた。絵理と杏花の二人は魔法で援護をするための立ち位置につく。
マリアは腰の両側に下げている剣を、左右の腕を交差させて鞘から引き抜いた。さきほどソーニャの問いかけに答えたとおり、二本の剣を持つその姿は堂に入っている。柄と護拳から延びるその剣身は細身の両刃で剣先が鋭く、刺突と斬撃どちらも不足なく行えそうなものであった。
「左の連中にまずは私が魔法をお見舞いしよう」
そう言ったマリアだが、その両手はもちろんどちらも剣で塞がれている。疑問に思った透夜たちを気にすることなくマリアは動いた。右腕を自分の胸の前にあげ、手に持つ剣の切っ先を敵に向ける。
そして彼女がその剣を小刻みに動かすと、空中に光の文字が踊った。マリアが剣先で宙に文字を描いているのだ。さすがにこれには透夜たちも驚いた。マリアは同時に魔法の言葉を口ずさむ。
やがて描かれる文字も詠唱も完成した。それは四人に見覚えがある、特に透夜が一番よく知っている文字であり、さらに聞き覚えのある発音であった。
「爆ぜよ火炎の球!」
透夜たちがファイアーボールと呼んでいる魔法によって生まれた火球がマリアのもとから放たれ、敵の一団へと飛翔した。
たちまちすさまじい爆発と轟音が起き、巻き込まれた鎧の騎士たちはばらばらになって吹き飛んだ。透夜が使うファイアーボールと遜色ない威力である。
「……? どうした? やるぞ」
あっけにとられている透夜たちにマリアが声をかけた。その言葉で透夜たちも我に返る。ぼうっとしている場合ではない。
透夜、ソーニャ、マリアはそれぞれの剣を持って敵陣へと突っ込む。
「はっ!」
マリアは左右の剣でまさに踊るように敵を切り裂いていく。金属の鎧で身を包む騎士などものともしない剣閃が、頑丈な鎧をただのガラクタへと変えていった。剣技も魔法に劣らずすさまじい。
透夜、ソーニャも負けるものかとばかりにそれぞれの得物で目の前の敵を叩き斬る。
絵理、杏花もそれを後ろから魔法でバックアップした。
すでに戦って勝ったことのある相手であることに加え、マリアという新たな戦力が加わった透夜たちは、この戦闘にあっさりと勝利したのであった。