080 金髪の女性は語り、絵理は自虐する
透夜たちは改めて目の前の女性を見た。
まず意識するのはやはり美しい金色の髪だ。長い金髪の一部は三つ編みとなって頭部で結われている。
全身には白いドレスのような衣装をまとい、腕には青色を基調とした金属製らしき籠手、足には脛あてとブーツが一体化した同色の靴を履いていた。
豊満な胸もやはり青系統の色をした胸当てで覆われている。
そして左右の腰には、美しい装飾が散りばめられた柄と護拳とを持つ剣が一本ずつ、細い鞘に納まる形で下げられていた。
まるで戦うお姫様のような格好だ、というのが透夜たち四人の抱いた感想である。
そのお姫様のような女性は何も言わずに透夜たちを見つめている。見つめる両の瞳はこれまた美しい紫色で、まるでアメジストのようだった。
「えーっと、その……あ、違った。その、僕たちは……」
緊張しながらも日本語で喋りだし、そして通じていないことを思い出した透夜はこの世界の言語で言いなおそうとする。そんな透夜を金髪の女性は手をかざして制止した。
「このままでは不便だな……少し待て」
金髪の女性は右手の人差し指で宙をなぞり、光る文字を描いた。口からは言葉が紡がれる。それは透夜たちが知らない文字であり、また知らない発音であった。
魔法を唱え終わったのか、宙に浮かぶ文字が輝いて消えた。
「どうだ? 分かるか?」
やがて金髪の女性から発せられたのは、流暢な日本語であった。先ほどの魔法で、自分が発する言葉が透夜たちには日本語に翻訳されて聞こえるように、そして透夜たちの話す日本語が自分にも理解できる形で翻訳されるようにしたのである。
「す、すごい……」
透夜たちは感嘆の声をあげるしかない。透夜たちのどよめきが治まるのを待ってから、女性は改めて口を開く。
「お前たちはどこから来たのだ?」
「僕たちは日本という国からやってきました……あ、地球という世界から来た……と言うべきなのかもしれません」
透夜が返した答えに女性はうつむく。まるで記憶をたどっているかのように。
「日本……地球……初めて聞いたな……」
「それであなたは、この世界の人なのですか?」
小声で独り言のように呟いている女性に対し、透夜は肝心の質問を口にする。女性はその質問に対して顔をあげると、透夜を正面から見つめた。
「ああ、その通りだ」
四人はふたたび顔を見合わせる。はたして目の前の金髪の女性は味方なのかそれとも敵なのか? さきほどは助けてもらったし、敵意はないようだが……。
「そういえば、さっきは助けてくれてありがとうございました」
「助けた、といっても私は逃げろと言ったくらいだがな。だが、どういたしまして、と言っておこう」
頭を下げた透夜に女性は小さく笑って答えた。律儀だなと思ったらしい。
「今の私たちでは勝てないって言ってたけど、あなたはあれの倒し方を知っているの?」
謎の女性に対し、今度はソーニャが質問した。
「お前たちが先ほど戦ったあれを倒すには、特殊な文字を持つ魔法の力を借りなければならない。お前たちの国の言葉で表現するなら『聖』という意味の文字だ」
ソーニャの問いかけに、すらすらとよどみない答えが返ってきた。
「あなたはその文字のことを知ってるんですか?」
勢い込んで尋ねる絵理。しかし、その言葉を聞いた金髪の女性は、悲しそうな、つらそうな、この世のすべての悲哀を集めたような表情をして首を左右に振った。
「……残念だが、私はその『聖』の文字は使えん。お前たちに教えることもできん」
戸惑う透夜たちを見まわし、力づけるかのように強い口調で続ける。
「お前たちはここに来るまでに魔法の文字について書かれた本を手に入れているな? この階層にも『聖』の文字について書かれている本があるはずだ。それを探せ」
「探せと言われても……」
この大きな扉しか進める場所はなかったはずだけど……と辺りを見まわした透夜は驚いた。先ほどまで閉ざされていたすべての扉が、いつの間にか綺麗に開いてその先の道を示していたのである。この女性も、開いた扉の向こうからやってきたのだろうか?
「そして私もお前たちに協力したい。私はなんとしてもあれを倒して、この先に進まなければならないのだ……」
◇◆◇◆◇
結局、四人は金髪の女性と行動を共にすることにした。多少は思うところもあるが、敵意はないようだし、それに自分たちには分からないことを色々と知っているようだからだ。
ただどちらかいえば、同行させないと伝えたとしても勝手について来るのではないか……という印象を受けたことが行動を共にする一番の決め手ではあったが。
透夜たちがそう思わされる強い意志が、この女性から放たれていたのである。
一緒に探索をする前に、四人はそれぞれ自己紹介を始めた。
「僕は浅海透夜といいます。透夜が名前です」
「あたしは霧島絵理です」
「私は渡良瀬杏花といいます」
「私はソフィア・ユーリエヴナ・セレブリャコワ。長いし、名前のソフィアか愛称のソーニャで呼んでもらえる?」
全員の名乗りを聞いた金髪の女性が満足げにうなずいた。
「私は……そうだな。マリアと呼んでくれ。私の正式な名前もその娘のように長いのでな」
「マリアさんですか、よろしくお願いしますね」
「うむ。よろしく頼む。トウヤ、エリ、キョウカ、ソーニャ」
金髪の女性――マリアはそう言うとにこりと微笑んだ。先ほどまでは厳しい表情と雰囲気をまとった女性だったが、その笑顔はとても魅力的なものであった。
いろいろとあって認識するのが遅れたが、マリアはいわゆる絶世の美女と評されても不思議ではないほどの美貌の持ち主だ。胸当ての下には豊かな胸が隠されており、背も女性にしては高めでスタイルも良い。
年の頃はソーニャよりも少し上といったところか。ぎりぎり大人の女性と言えるくらいの年齢なのではないかと透夜たちは思った。
そんなマリアを見て一人恐れおののいていたのが絵理である。
新たに仲間となった女性が金色の髪と紫色の瞳を持つうえに、スタイルもソーニャ並みで、まるでお姫様のような気品にあふれている。もはや物語から出てきたような存在だと言ってもよい。
絵理はここに至るまでのことを思い出していた。透夜に助けられたあと、二人で冒険するようになってからのことを。
まず一年生の間で一番人気のある杏花が仲間に加わった。ここまではまあ常識範囲だ。
しかしそのあと、二年生である銀髪碧眼のソーニャが参戦し、今度はこの金髪の美女が同行することになったのだ。絵理をさまざまな点で上回る杏花ですら、この二人と一緒に立つと霞んで見えるほどである。
なんというか、もう勝ち目がない。何に対する勝利かは不明だが。
――あは……あはは……太陽や月や金星なんかに比べると、三等星とか四等星とかって目立ちませんよね……。
悲しいくらい自虐モードに陥っている絵理であった。