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008 これからの方針

「ん……」


「あ、おはよう。霧島さん」


「……お、おはよう。浅海くん……」


 絵理は慌てて自分がくるまる毛布から身を起こす。


 今更ながら、絵理は顔が熱くなるのを感じた。


 冷静になってみると、クラスメイトの男子と二人きりになり、同じ部屋で眠っていたのである。


 これまではずっと複数人で行動していたし、男女の数も半々くらいだったからそこまで気にはならなかったのだが……それに、そもそも命の危機を感じることばかりでそれどころではなかったということもある。


「それで今日、というかこれからのことだけど、どうしようか?」


 絵理の様子に気付いているのかいないのか、透夜はそう彼女に尋ねた。


 それを聞いた絵理は何も言わずにうつむく。


 このダンジョンにおける行動で出来そうなことと言えば大別して二つしかない。


 探索を続けてさらなる地下におりていくか、来た道を戻って地上に帰るか。


 しかし、おそらく地上に戻っても自分たちがこのダンジョンに放り込まれた時のように、入口を守る完全武装の兵士たちがたくさん待ち構えているはずだ。そいつらが通してくれるとも思えない。


 だが探索を続けるということは、絵理にとっては自分を見捨てたクラスメイトと再会するということでもある。そして再会したいという気持ちは今の絵理にまったく湧いていなかった。今思えばあの状況で皆がとった行動そのものは理解できるが、感情がそれを受けいれない。


「そういえば、僕が落とし穴に落ちた後ってどんな感じで迷宮を探索してたの?」


 途中からクラスの状況が分からなくなっていた透夜が尋ねた。絵理はその言葉に記憶をたどる。


「ええとね、浅海くんが行方不明になってからしばらくして、チームを四つに分けたの。地下二階の途中あたりだったかな。下に向かう階段がひとつじゃなくなっちゃったから」


「ああ……僕もひとりでさまよっている間、色んな場所を下りたり上ったりしたよ……」


 嫌になるほど体験したのか、遠い目をする透夜。


「うん……とてつもなく広いよね、このダンジョン……それであたしはそのチームのひとつに入ってずっと行動してたんだけど、この地下四階であの巨大芋虫に襲われて……あとは浅海くんが知ってる通りだよ」


「なるほど、そうだったのか……」


 透夜は少しの間(もく)して考え、やがて絵理を見ながら言った。


「じゃあさ。霧島さんが所属してなかったチームと合流するってのはどう?」


「え?」


「ほら、4チームに分かれたわけでしょ? だから、他の3チームなら霧島さんも平気だと思うんだけど……どうかな?」


 透夜の言う通り、あの時絵理を見捨てて逃げたのはクラスメイト全員ではなく、そのうちの1チームにすぎない。だから他のチームとなら合流することに抵抗がないはずである。


 なのに、なぜか絵理はその提案にあまり乗り気にはなれなかった。ただ、透夜の意見は合理的なものだし、それに理由もよく分からない自分のわがままに透夜をつきあわせるわけにはいかない。


「……うん。じゃあそうしよう。ありがとう、浅海くん」


 だから絵理は表面上は笑みを浮かべ、透夜にそう答えることにした。


    ◇◆◇◆◇


「さて……ここからどうしたものかな」


 透夜と絵理の二人は、昨日絵理がワームに襲われた場所にまで戻ってきていた。


 あたりにはまだワームの死骸が転がっていたものの、大きな変化があった。その死骸が散々に食い荒らされていたのだ。


「クラスメイトに僕と同じような嗜好に目覚めた者がいる……なわけないか」


「……あたりまえじゃない」


 透夜が言うとあまり冗談に聞こえないその言葉に、絵理は呆れ顔で答えた。


 どうやら、何か得体の知れない生き物の集団がワームの死骸を餌にしたらしい。あたりにはさまざまな肉片や体液にまざって獣のような足跡がいくつも残されていた。


「集団で動いて死肉をあさる獣のモンスターか……僕が見たことないタイプの奴みたい……霧島さんは心当たりある?」


「ううん……」


 絵理は首を左右に振る。


 透夜に比べると絵理が見たことあるモンスターの数はそこまで多くない。このワームとファンガス、あとはトゲトゲがついた両腕を振り回す二足歩行のモンスターと、80センチくらいの泥でできたような人形、動く枯れ木のような化け物、といったところだ。


 ちなみに枯れ木のような化け物は、倒した後の残骸が薪の代わりになるので重宝していた。


「まだ近くにいるかもしれないね。気をつけよう」


「うん」


 足跡で去っていった方向は大体わかるので、とりあえずそちらへ向かうという選択肢は外しておいた。今はわざわざ敵と戦う必要はないだろう。


「そういえばこのワームの肉、ほっといてよかったの? 昨日のファンガスってキノコの肉もだけど……」


 もはや原型をとどめていないワームの残骸を指さして絵理が言った。


「あ、べ、別にあたしが食べたいとかじゃなくて、そのつまり……」


 誤解されそうな発言だと気付いた絵理は慌てて言い添える。透夜はちゃんと理解してるというふうに小さく笑って頷いた。


「だいじょうぶ。言いたいことは分かるから。残りを食料として確保しないでよかったのってことでしょ?」


「うん」


「一応まだまだ余裕はあるから。実は、昨日案内した場所の他にもいくつか拠点のような部屋を作ってるんだ。ここよりも下の階なんだけど、そこに食料を日持ちする形で置いてある」


「へえ。それはすごいね!」


「その中の一つなんて水場がある上に、ワームやファンガスよりも美味しい巨大なネズミが近くにいっぱいうろついていてね。本当に良い部屋だったよ!」


「……」


 良い部屋の基準についてひとこと言いたくなる絵理であったが、やめておいた。案内されそうで怖かったからだ。


 本当に、目の前のクラスメイトはこの世界に来てからずいぶんと価値観が変わってしまった。それとも、ひょっとすると元からこうだったのだろうか。今年の春に初めて出会った絵理にはさすがにそこまでは分からない。


「でも、死骸を食べちゃう獣がいるんならその部屋も危ないんじゃない? いない間に全部食べられちゃうかも」


「たぶん大丈夫。場所によっては入口に頑丈そうな扉があるんだけど、ちゃんと閉めておいてさらに魔法で鍵もかけておいた」


「魔法でそんなこともできるの!?」


「うん」


「すごいね! あたしもはやくもっと色々な魔法を使いこなしてみたい!」


「まあ問題はさんざん歩き回ったせいで、その場所にちゃんと戻れる自信があまりないってことなんだけど」


「駄目じゃないの!」


 ひょっとすると場を和ますための冗談なのかもしれないが、普通にありえそうな話であった。本当にこの石造りの迷宮は広すぎる。絵理は渡された荷物の中にあった紙とペンとインクをつかって、ダンジョンの簡単な地図を作成したりもしていたが、地下三階あたりからその途方もなさそうな広さに絶望的な気持ちになっていたほどだ。


「まあそれはともかく、あたしももっと魔法を覚えないといけないね。今日も休憩する時、付き合ってもらっていい?」


「いいよ。じゃあ、お昼ご飯を食べた後は魔法の練習時間にあてようか」


「うん!」


「それに僕も本に書かれた文字や魔法をすべて理解できてるわけじゃないからね。もっと知識を深めておかないと……」


 そんなことを話しながら、透夜と絵理は進む方向を決めてそちらへと歩きだした。

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