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079 地下九階。透夜たちを待ち受けていたのは……

 広間から続く別の道をまた歩き出した透夜たち。


 いくつかの通路と部屋を探索したあと、やがて下へと降りる階段を見つけた。


 地下九階へと進む道だ。


 四人は顔を見合わせ、お互いに喜び合う。しかし、あることを思い出した絵理の顔がうつむいた。


「金貨……見つからなかったね……」


 気落ちした様子で呟く絵理。


 この階層はくまなく歩いたのだが、残念ながら新たな金貨が手に入ることはなかった。絵理としてはやはりあの杖は心残りである。持っているマジックシールドの杖のように、魔法的な効果があるかもしれないからだ。


 もちろん透夜たちも、台座の上に安置されていたあの杖を含む様々なアイテムが欲しいという気持ちはまだ残っていた。


 しかし、さすがにあるかどうか分からない金貨のために、上の階にまで戻って別の場所を探索する気にはなれなかった。これから先に金貨があることを願うしかないだろう。


「ところで、みんな水は大丈夫?」


 ソーニャが全員を見渡して言った。


 その言葉に各人が自分の水袋を確認し、問題ないと答える。


 この階に水場はなかったため、補給する機会がなかった。


 さらに言うなら、食べられるようなモンスターも見かけなかったため、新たに食料が増えることもなかった。


 この階でもすでに透夜たちは食事をとっているが、食べたのはこれまでに確保していたモンスターの肉だ。


 とはいえ、まだ食料にも水袋の中身にも余裕がある。特に地下七階の食糧庫で獲得したワームの肉は多めだったし。


 少なくとも水に関しては、いざとなったら地下七階にまで戻ればいいだろう。幸い、直線的に歩くなら大して距離があるわけでもない。


 行動方針を決めた四人は頷きあうと、地下九階への階段をゆっくりと下り始め……間もなく新たな階層へと到達した。


 すべての石段を下りた透夜たちの前に広がっていたのは、四角い大部屋だった。


 正面に大きな扉があり、その扉は珍しく複雑な装飾が施されていた。


 左右の壁にも扉が複数あるが、そちらはいずれもこのダンジョンでよく見かける飾り気のないものである。


「なんだか、これまでとちょっと雰囲気が違うね……」


 絵理の言葉に全員が頷いた。


 正面の扉がやや特殊ということもあるが、そのことを除いても、この地下九階そのものがやや冷たい空気を帯びているような気がする。


 気を取り直してまずは左右の扉を調べてみる透夜たち。しかしどれも開閉ボタンもなければ床のスイッチもない。どうにも開ける手段が見当たらなかった。


 逆に、正面の装飾された扉はその横に開閉ボタンらしきものが設置されている。


 明らかに、ここに入れと言わんばかりである。


「どうする……? と言っても開けるしかなさそうだけど……」


 透夜の言葉に三人が同意の返事をした。


 やがて透夜がボタンを押し、ゆっくりと扉は開いていく。先ほどの冷たい空気が、さらに厳しさを帯びたように感じた。


 四人は慎重に中へと入る。こちらも大きな部屋になっていた。向こう側に、やはり似たような扉があるのが見える。


 そこへと近づいていく透夜たちであったが、中央あたりまで進んだ彼らは突如、すさまじい怖気に襲われた。


 おおおおおお……という嘆くような声が響くと、その場に異質な姿をしたものが現れたのである。


 青白い光を帯びた、雲のように床すれすれに浮かぶ半透明の、無数の人型がより集まったかのような姿をしたもの。言葉で表現するならそんな存在であった。その各人型は頭部らしき場所に、目と鼻と口をかたどったような暗い穴が開いている。


 ふたたび先ほど聞こえた叫びが室内に響く。青白い人型の群れがその虚ろに開く口から悲鳴を発しているのだ。


「ゴ、ゴースト!?」


 顔に恐怖をはりつけて絵理が大声を出す。絵理が受けた印象と同じものを全員が感じた。数多の死者の怨念が固まって生まれたもの。そんな表現にふさわしい見た目であった。


 かつて戦った水の精霊や火の精霊のような、明らかに普通の武器が効かなさそうな存在である。


 透夜たちは即座に臨戦態勢をとった。


マジックウェポン( 魔 与 )!」


 絵理、杏花がそれぞれ透夜とソーニャにマジックウェポンを使用する。透夜の持つ片刃刀、ソーニャが構える黒い刃の両手剣がそれぞれ光を帯びた。


 その援護に応えるように、青白いゴーストらしき存在へと駆け寄り、そのおぼろげな姿めがけて片刃刀を振るう透夜。


 しかし、魔力が付与された剣で青白いその体を斬ったにも関わらず、手ごたえはまったくない。


 あわてて敵の姿を見るものの、刃が一閃したその場所は揺らいですらいなかった。以前、火の精霊を斬って効果をあげた時とまったく違う。


 ソーニャも同様だった。振りぬいた両手剣はなんの成果もあげられなかったのである。ソーニャは魔力の光で輝いている剣の刃を見て困惑している。


 そんな二人を助けるべく、絵理と杏花が新たな魔法を放った。


 撃ちだされたのはファイアージャベリンとウィンドカッター。


 しかし、炎の槍も風の刃も青白い敵の姿を素通りしていった。どう見ても、明らかに効いていない。


 未だ動揺している透夜にむかって、半透明のモンスターから無数に生える腕のうちの一本が伸びた。透夜は盾をかざしてそれを受けようとする。


 だがそれはなんの障壁にもならず、透夜の盾と鎧とを青白い腕が通り抜ける。


「!?」


 途端、透夜は片膝をつきそうになった。


 その手に触れられただけだというのに、生命力や気力といったものが大きくこそげ落ちたような感覚につつまれたのだ。


 いや、実際その通りのことが起きている。外傷はまったくないにも関わらず、あの攻撃を何回か受けると命に関わると透夜は直感した。


「ソーニャ先輩! 離れて!」


「え? ……くっ!?」


 透夜の呼びかけに反応するより早く、ソーニャを別の青白い腕が狙った。やはり、それはソーニャの身を守る鎧を何の抵抗もなく貫いた。


 触れられたソーニャもたちまち活力を失う。


 まるで体内から直接血液を抜き取られたかのようなおぞましさと、魔法を何度も使った時のような疲労感とがソーニャを襲った。


 ソーニャはなんとか距離を取る。透夜もその隣に並んだ。


 二人が見据える青白いゴーストのような魔物は、無数の虚ろな眼窩を透夜たちに向けている。透夜たちの背を冷たい汗が伝う。


「お前たち、今すぐ逃げろ! 今のお前たちではまだそいつに勝てない!」


 突然、透夜たち四人以外の声がこの戦場に響いた。目の前の魔物から発せられたのではない。後ろからだ。


 振り向いた四人の視線の先に、金色の髪を持つ女性が立っていた。その女性はふたたび口を開く。


「早く! こっちだ!」


 透夜たちが入ってきた入口の扉のところから、女性は手を振り透夜たちに呼びかける。


 四人はその声に従うように、入口へと駆けだした。さいわい、魔物は彼らを追いすがることはなかった。


 全員が部屋から飛び出してきたのを確認した金髪の女性は、扉横のボタンを押した。下りてきた扉により、ふたたびその空間は閉ざされる。


 しばらく荒い息をついていた透夜たち。落ち着いた後、改めて自分たちに声をかけてくれた金髪の女性へと向き直った。


「ど、どなたかは知りませんが、ありがとうございます……」


 初めて見る顔だが、地下五階のペンダントで開けた扉を通ってここまでやってきたのだろうか。


 透夜に続き、絵理も女性へと声をかける。


「あなたも見咲ヶ丘(みさきがおか)高校の人?」


 うちの学校はソーニャ先輩に加えて金髪の人もいるんだ……と絵理は思う。年上に見えるし三年生かな? それなら見覚えがなくてもしかたないよね。


 しかし、それらの言葉に金髪の女性は首を左右に振った。


「悪いが、この世界の言語で話してもらえるとありがたい」


 その口上が持つ意味に、透夜たちが一瞬固まる。


 そして今ようやく気付いたが、目の前の女性が先ほどから発していたのは日本語でも英語でもロシア語でもない、この世界の言語だった。


 透夜たちは慌てて距離をとる。この世界にいきなり呼び出された時以降の対応で、透夜たちはこの世界の住民を怖い存在だと認識していた。


 そんな反応を気にすることもなく、金髪の女性は透夜たちをじっと見た。いや、その視線はむしろ彼らが首から下げているペンダントに向けられている。


「お前たちが今回の……なのだな……」


 小さくつぶやかれたその声は、はっきりとは聞こえなかった。その女性の胸元にも、透夜たちと同じようなデザインのペンダントが輝いていた。


 顔を見合わせる透夜たちの前で、金髪の女性は深々と頭を下げる。


「お前たちの身に何が起きたのか、大体は知っている……すまなかったな。この国の民の一人として謝罪したい」

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