078 銀色の騎士
合流した四人は、ふたたび広間からつながる新たな通路を歩いていた。
やがて行き当たった扉を開け、中に入る透夜たち。
大きな部屋であったが、壁の一画が新たな別の扉で遮られている。そしてその扉はとても大きい。横幅が部屋の半分ほどある。
透夜たちは似たような光景をどこかで見た記憶があった。たしか、かつて青騎士と赤騎士が同時に出てきた時あたりだったか。
そう考えていた透夜たちの前で、ゆっくりと大扉が開いていった。その光景にデジャヴュを覚える四人。中から現れたのも、あの時と同じような鎧をまとう騎士たちだったのである。しかし当然と言うべきか、その記憶とは違う部分があった。
青騎士、赤騎士という見覚えのある連中に混ざり、一体見たことのない鎧の騎士がいたのである。色で名前をつけるなら銀騎士といったところだろうか。
文字通り銀色の鎧をまとっており、右手にはやはり剣を持っている。左手に構えているのもやはり盾。
しかしその盾に決定的な違いがあった。全身をすっぽりと隠してしまえるような大盾だったのだ。大きいだけでなくやたらと分厚い。この盾も鎧同様、銀色に鈍く光っている。他の騎士たちと同じように、鎧の下には黒い影法師がガスのように揺蕩い、兜の奥には二つの目がらんらんと輝いていた。
「な、なんだかすごく強そうだね……」
銀色の騎士を見て呟かれた絵理の言葉に全員がうなずいた。
青騎士や赤騎士より全身のサイズが大きいということもあるが、さらに風格のようなものが備わっている。これが軍勢なら、騎士団長や将軍といった感じの敵であった。
かつて一体だけ出てきた赤騎士も、この場では三体存在している。銀騎士はきっとその上位の存在なのだろう。
「とりあえずあれは後回しに」
「ええ」
幸い、銀騎士は青騎士や赤騎士よりもずっと後方にいる。まずは目の前の騎士たちを倒してからだ。
「ファイアーボール!」
絵理、杏花がそれぞれ放った火炎の球が開戦の狼煙となる。
爆発に巻き込まれた青騎士たちはその一撃で大半が吹き飛んだ。残る青騎士は臆さず武具を構えて進んでくる。
そこに飛び込み、手近な青騎士を一瞬で斬り伏せた透夜とソーニャ。もはや青騎士などものの数ではない。
繰り出される斬撃が空間を断つたびに、青騎士たちは鎧を切り裂かれ、地に転がった。
続いて三体横並びに近づいてくるのは赤い騎士。青騎士よりも上位のモンスター。
ソーニャは近ごろ手に入れたばかりの黒い刃を持つ両手剣を構えなおす。
かつて透夜が赤騎士と一対一で戦ったのを見て、自分も赤騎士と戦ってみたいと言ったことがあるが、その赤騎士は早くも格下扱いの敵となってしまったようだ。ならば手こずるわけにもいかない。
「サンダージャベリン!」
透夜とソーニャの背後から、絵理と杏花が同時に放った稲妻の槍が二本、中央の赤騎士を抉った。
二本の雷光の槍に頭部と胴体とを串刺しにされ、赤騎士はなすすべもなく崩れ去る。
これで残る赤騎士は二体。透夜とソーニャの眼前にそれぞれいる。
透夜とソーニャは同時に駆けだした。
赤騎士はそれぞれを迎え撃ち、剣を振るう。青騎士よりも洗練された動き。
しかしかつて一人で赤騎士を降したことのある透夜はもちろんのこと、初めてまみえるソーニャから見ても、その剣技はもはや恐れるほどのことはなかった。
透夜は盾であっさり受け流し、バランスを崩した赤い鎧の胴を右手の片刃刀で薙ぐ。
ソーニャは自分に向けて振られた刃を最小限の動きでかわし、相手が追撃をしてくるよりも早く、己の得物を振り下ろした。
彼女が持つ剣はその一撃で赤い騎士を、まとう鎧ごと叩き斬る。
二人の前にいた赤騎士はどちらもほぼ同時に、がらんどうのパーツとなって床に散らばった。
透夜とソーニャは一瞬お互いに顔を見合わせて笑う。
が、これからが本番だ。
青と赤の騎士が一体もいなくなったことを全く気にしないように、銀の鎧を身に着ける騎士がゆっくりと歩いてくる。
「サンダージャベリン!」
さきほど赤騎士を撃ち滅ぼした二本の雷槍が、今度は銀騎士を狙って絵理と杏花のもとから飛び出した。
飛来する雷光の穂先に向け、銀色の騎士は左手に持つ大盾をかざす。
着弾し、すさまじい光がほとばしったものの、雷の槍は盾をえぐることなく消え去った。盾の表面に焦げ目を残したのみである。
「えっ!?」
さすがに絵理が驚きの声を出した。杏花も絵理と同じ表情を浮かべて銀色の盾と騎士とを見ている。さきほど赤騎士をあっさりと貫いた槍が、まさかまったくと言っていいほど効果をあげられないとは。
「僕が行く!」
透夜は片刃刀と盾を構え、銀騎士へと距離を詰める。騎士も同じく剣と盾を構えてそれを迎え撃つ。
透夜が振るった刀は、あっさりとその大盾に受け止められた。反撃の刃がたちまち透夜を襲う。剣閃は赤騎士のそれよりも速かったが、透夜の身をとらえることはなかった。
「はあっ!!」
続いてソーニャがしかける。
しかし、その剣もやはり騎士がかざした大きな盾によってあっさりと受け止められてしまう。さきほど赤い騎士を苦も無く断ったその黒い刃ですら、盾の表面を少し穿っただけだ。
反撃が来る前にすばやく距離をとるソーニャ。
「二人とも、離れて!」
絵理が張り上げる声を聞き、透夜とソーニャの両者は立っている場所から後方へと飛び退る。
「ファイアーボール!」
そこに杏花が放った火球が飛来した。
銀騎士が構えた盾に着弾し、爆音とともに炎をまき散らす。だがやはり盾も騎士も健在であった。盾にわずかな焦げ目とへこみを残すのみ。
「ライトニングレイ!」
やや遅れて絵理が雷光の帯を撃つ。
が、それも同じく銀色の盾によって防がれてしまう。焦げ目は残したがそれだけだ。貫通能力を持つはずの光線さえ、その盾を越えて本体に影響を与えることはできなかった。ひょっとすると巨大な盾はただ頑丈なだけでなく、魔法に対する一定の防護効果も備えているのかもしれない。
「こ、これはちょっと厄介かも……」
透夜が困惑したように声を漏らす。
先ほど斬りあった感じでは、剣の腕そのものは赤騎士より少し上といった程度にすぎないと感じたが、防御能力は物理的にも魔法的にも並々ならぬものがあるようだ。
あまりにも大きいその盾はまさに難攻不落の要塞を思わせる。
「……透夜、ちょっとだけ相手しててくれる? 私に考えがあるの。杏花は透夜をサポートしてあげて」
「? ……分かりました、ソーニャ先輩」
「任せてください」
「ありがとう。あと絵理、私にマジックウェポンを使ってくれるかしら。全力でお願い」
「はい!」
指示に従い、絵理がマジックウェポンの詠唱を始める。
透夜はソーニャの言葉通り、銀騎士の相手を務めるために一人前へと出た。
杏花は万が一に備え、透夜にマジックシールドをかけてその体に光の障壁をはる。
透夜は銀騎士と対峙し、数合刃を打ち合わせる。予想した通り、相手の斬撃はそこまで脅威ではなかったが、こちらの剣も相手にまったく届かない。
「ごくろうさま透夜。離れていいわよ」
しばらくして後ろからかけられたソーニャの声に、透夜は相手の剣を盾で受けたついでにそのまま後方へと下がった。
入れ替わるように駆けてくるソーニャの足音。銀色の騎士はこれまでのように大きな盾をそちらへ向けてかざす。
「はああああああああああっ!!」
裂帛の声が響き渡り、うなりをあげるようにソーニャの剣が真横から振るわれる。
銀騎士にもし中身の肉体や感情というものがあるのなら、その兜の下の表情は自信に満ちていただろう。自分の大盾で防げぬものなどないと。
透夜と絵理と杏花の三人とて、あの盾を貫けるビジョンなどまったく持ち合わせていなかった。
完全無敵の防壁を崩せると考えていたのはこの中でソーニャただ一人。
絶対の確信をもって放たれたその斬撃は、これまで銀騎士を完全に守ってきた大盾を一撃でひしゃげさせ、盾の陰に隠れていた銀色の鎧ごと剣の軌跡上にあるすべてのものを断ち斬った。
「ええええええ!?」
驚きの声をあげたのは絵理だが、もちろん透夜も杏花も開いた口が塞がらない。一番驚いたのは犠牲者である銀騎士かもしれないが。銀の鎧の中にあった影法師は、何が起きたのか理解もできぬまま、バラバラになったパーツの中で消滅した。
「ふう……」
そのそばで息を吐いたのは剣を横に払ったままのポーズで立つソーニャ。手に持つ剣は先ほど絵理がかけたマジックウェポンの光を帯びている。しかし、いくらなんでもマジックウェポンにここまでの効果があるはずがない。
やがてソーニャはくるりと振り向いた。その顔にはいたずらっぽい表情が張り付いている。
「……すごいわね、ストレングスポーションって」
ソーニャの言葉でようやく透夜も気がついた。先ほどまでソーニャのベルトのガラスビン内にあったはずの、オレンジ色の液体がなくなっている。ソーニャはストレングスポーションを飲んで己の膂力を大幅に引き上げたあと、あの銀騎士をその頑丈な大盾ごと両手に持つ剣で叩き斬ったのだ。
「か、格好良すぎです……ソーニャ先輩……」
絵理がまさに心酔といった感じで拍手しながら賞賛した。透夜、杏花もそれと一緒に手を叩く。両者の顔も感動と喜びであふれていた。
「ちょ……や、やめてよ。さすがに恥ずかしいから」
照れくさいのか、ソーニャはそう早口で言うと頬を赤らめながらそっぽを向いた。
◇◆◇◆◇
無事に鎧の一団を壊滅させたあと、四人は先ほど開いた大扉の向こう側へと足を踏み入れる。
その先は壁で行き止まりになっていたものの、壁の中央にくぼみが開いていた。そしてそこにアイテムが安置されている。
四人はくぼみのそばへと近づき、透夜が中にあるものを手に取る。
それは胸当てと思われるものであった。色合いと材質からして、おそらく絵理が左右の腕に着けている籠手と同種のものである。
アイテムの種類を理解した透夜が絵理のほうへと向き直り、笑顔を浮かべながらその胸当てを彼女へと差し出した。
「良かったね、絵理ちゃん」
「うん! これであたしも胸当てがつけられるよ!」
この階で同じく胸当てを手に入れた杏花を見てにっこり笑う絵理。杏花も微笑んで返した。
絵理は喜び勇んで制服の上からその胸当てを身に着けた。幸い、絵理にぴったりのサイズである。
金属製の杏花のものより防御力は劣るかもしれないが、そのぶん軽く、まったく動きを阻害することもない。
籠手と胸当てという一式をまとった絵理はとても誇らしげだ。
「似合ってますよ、絵理」
「なんらかの魔法的な恩恵もあるかもしれないわね」
杏花としてもソーニャとしても、絵理用の防具が手に入ったことは喜ばしい。絵理は前衛に立つことは滅多にないとはいえ、敵がどこから現れるか分からないのだし。
ソーニャの言うとおり、魔法的な防護効果があればさらに良いのだが、さすがにそこまでは分からなかった。もちろん魔法による効果がなくとも、絵理にとって満足できる一品であることに変わりはない。
嬉しい戦利品を手に入れた四人。
一応他になにかあるか調べてみたものの、隠されたボタンや床スイッチなどはないようだった。
「それじゃあ行こうか?」
「うん!」
とびきり元気な返事をする絵理。
透夜たちも同じく明るい気分のまま、この部屋をあとにした。