075 シュート!
アイテムが陳列されていた部屋を出て、ふたたび広い空間へと戻ってきた透夜たち。辺りに敵の姿はまったくない。
出てきた場所の向かい側に、ちょうど同じような通路が道を開けている。
四人は軽く雑談をしながらそちらへと向かう。しばらく歩を進めたその時。
一番端を歩いていたソーニャの足元でカチリ、という小さな音が響いた。
すると突然、ソーニャのいる床そのものが大きく斜めに傾く。バランスを崩すソーニャの目に、地下駐車場への入口のような真っ暗に広がる穴が見えた。
「先輩!」
あわてて手を伸ばす透夜。鎧に包まれているその腕をぎりぎりのところで掴む。
が、しかしさすがに不安定すぎる体勢ではソーニャを完全に支えることはできなかった。
ソーニャと透夜は突然開いたダストシュートのような穴へと転がり落ちていく。
「と、透夜くん!?」
二人で雑談していたために反応が遅れた絵理、杏花があわててその穴へと近寄るも、犠牲者を飲み込んだ入口はたちまち閉じてしまう。あまりにも突然すぎる事態だった。
絵理はさきほどソーニャが踏んだらしい場所のあたりを同じように何度も踏みつける。しかし、音がなることも穴が開くこともなく、ただ石の感触が返ってくるばかりであった。
◇◆◇◆◇
「いたたたたた……」
「だ、大丈夫ですか? ソーニャ先輩……」
絵理と杏花がいる空間とは離れた別の場所で、透夜とソーニャはもぞもぞと体を動かした。
「うん……なんとか平気……透夜は?」
「僕も大怪我とかはしていません」
お互い武器を携帯している身に関わらず、その得物で怪我することなく済んだのは幸運という他ない。
「ちょっとまって。今明かりをつけるわね」
ソーニャが魔法の文字を宙に描き、詠唱を行なう。あたりは深い闇の中のように真っ暗で何も見通せなかったのである。
「ライト」
ソーニャがすべての動作を終えるとともに、空中に光があふれた。
闇は退き、周囲が明らかになる。
いつものダンジョンと特に差のない、石の床と壁、そして天井が広がっていた。それなりの時間を転がったものの、坂道はそこまで急ではなかった。下の階にまで落ちたわけではないのかもしれない。
ソーニャがゆっくりと立ち上がり、透夜も遅れてそれに続いた。ソーニャは目の前の透夜を見る。透夜もまたソーニャを見つめていた。
全身が埃にまみれているものの、たしかに怪我などはないようだ。透夜が見ている今の自分の姿も似たようなものだろうとソーニャは思った。幸いポーションのビンも割れていない。
自分たちが転がってきたはずの穴の姿はどこにもない。すでにふさがってしまったようだ。
その代わり、部屋の一画に扉がある。そこから出るしかなさそうである。
現状を認識できたソーニャがうつむいて小さな声でささやいた。
「ごめんね、透夜。私のせいでこんな場所に落ちてきちゃって」
「床にスイッチがあることなんて僕も気付きませんでしたし、ソーニャ先輩のせいじゃないですよ。だから気を落とさないでください」
「うん……ありがとう、透夜」
その言葉で少しは元気が出たのか、ソーニャは顔をあげて小さく微笑む。
「とにかく、ここから出てみましょう。絵理ちゃんたちのところに早く戻らないと」
「ええ、そうね」
おそるおそる扉を開ける透夜。その向こうには通路らしきものがあるようだが、明かりがないようで先はほとんど見通せない。
透夜は新たにライトの魔法を唱え、自分の盾に光を宿した。
「では行きましょう」
透夜の言葉にソーニャがうなずく。
二人はどこともわからぬ石の部屋から出て、合流するために動きだしたのである。