069 新しい力を身につける透夜たち
水の精霊らしき魔物との戦いが終わった後、透夜たちはあらためて部屋の中を見まわした。閉ざされた扉も今では開いている。
入口以外は石の壁に囲まれており、その一画には目立つ色と形をしたボタンがある。そもそも最初はこのボタンを調べるために部屋へと踏み込んだのだ。
魔物を倒して憂いもなくなった四人はボタンの側へと近づいた。
「じゃあ押すね?」
確認する透夜に絵理たちがうなずく。
透夜がボタンを押すと、隣の壁の中央部分が開いた。出来たくぼみの中に一冊の本がある。透夜が持っている魔法の本と同じ装丁がされている本だ。
「魔法の本ね!」
ソーニャが喜びの声をあげる。
もちろん嬉しいのは他の三人も同じだ。しかし、問題は中身である。
すでに知っている文字や魔法が書かれているなら、はっきり言って全く意味はない。
透夜が書物を手に取る。厚みそのものは、透夜がすでにもっている魔法の本に比べると薄い。
ぱらぱらとページをめくる透夜。
三人の少女もそれを横から覗き込む。
そしてすぐに理解した。この本の大部分が、まったく知らない文字や魔法について書かれているということを。
「これすごいね。見たことない文字ばかりだよ」
「うん……これはとても良いものを手に入れたかもしれないね」
透夜たちは笑顔で顔を見合わせる。
あの水の魔物がこの本を守るために配置されていた番人なのだとしたら、その強さもうなずけるというものだ。
しかし問題がひとつある。本の中身を理解するのに時間がかかりそうということだ。
新たな文字や魔法はきっとこれからの役に立つだろうし、早めに目を通しておきたい。
「どうしよう……この本をよく調べるためにも、一旦休息をとろうか?」
「そうですね……それがいいかもしれません」
透夜の問いかけに杏花が同意する。ソーニャも頷いたあと口を開いた。
「結構魔力も使っちゃったし、ちょうどいいタイミングかもしれないわね」
ソーニャの言葉の通り、透夜たちは先ほどの戦いでかなりの魔力を消費した。
失った魔力はすでにマジックポーションを飲んである程度回復しているが、いずれにせよマジックポーション込みでのパーティーの総魔力量がかなり減っているのは確かだ。
またあんな厄介な魔物が出てきたら、少し困ったことになるかもしれない。それに通路もこの部屋で行き止まりなので、いずれにせよ一度はあの食糧庫前の広間に戻ることになる。
「じゃあ、また食糧庫に戻ろうか?」
「そうだね。お腹も空いてきちゃったし、ご飯にしようよ」
魔法を多めに使ったこともあり、全員が絵理のように空腹と喉の渇きを感じ始めていた。
こうして四人は一度探索をきりあげ、水場も備わっているあの食糧庫へと戻ることにしたのであった。
◇◆◇◆◇
食糧庫に戻り、部屋の中で食事を終えると、さっそく新たに手に入れた魔法の本を読み始める透夜たち。
一部はすでに知っている文字や魔法について書かれていたものの、ほとんどは透夜たちが見たこともない内容であった。
難しい言い回しや、ややこしい構文によって作られるその魔法の本を、全員で協力してなんとか読み解いていく透夜たち。
その甲斐あって、最も有用であろうと思われる魔法の文字をいくつかピックアップできた。
『護』『与』『縛』『壁』である。
『護』は火や水などによる魔法的な攻撃を防ぐ結界のようなものを、周囲に広く発現させる文字であった。
《護魔火》《護魔水》という組み合わせで使われる。前者は魔法的な火の攻撃を防ぎ、後者は魔法的な水の攻撃を防ぐのだ。完全に防ぐというほどの効果はないようだが、それでもじゅうぶん有用な魔法だろう。
さきほどの水の魔物戦で発揮された、ペンダントによる護りのようなものと考えてよさそうだ。
ペンダントのそれに比べるとこちらは防げる効果範囲も広いうえ、個人にかけたり空間にかけたりできる。さらに火や水だけでなく、雷や風といった攻撃に対するものも一通りそろっているようである。
透夜たちはこれらの魔法をプロテクトファイアー、プロテクトウォーター、プロテクトサンダーと言った感じで呼称することにした。
次の『与』の文字は、武器に力を与えたいときに利用する文字。
例として示されていたのは『魔』の文字との組み合わせであった。
《魔与》と描いて唱えることで、かけた対象が手に持つ武器に魔法の力を付与することができる。単純に得物が強化されるだけでなく、さきほどの水の精霊みたいな武器が効かない魔物も、この効果がかかった武器でなら傷を負わせることが可能になるようだ。
この魔法を透夜たちはマジックウェポンと呼ぶことにした。
続いては『縛』。
束縛を意味する文字であり、併せて記載されていた魔法は『土』と組み合わせる《土縛》というもの。
これは土で出来た重い足かせを一定時間、相手にはめてしまうという魔法だった。すばやく動き回る獣型のモンスターなどに対して特に役立ちそうである。
彼らはこれにアースバインドという名前をつける。
そして最後が『壁』。
文字通り魔法で壁を生み出す力を持つ言葉だ。
《氷壁》なら冷たい氷の壁を、《土壁》なら分厚い土の壁を目の前に召喚することができるのだ。壁が顕現する時間はそこまで長くないようだが、いろいろな局面で役立ちそうである。
《氷壁》はアイスウォール、《土壁》はアースウォール、といった感じで呼ぶことにした。
結局、昼ご飯後に始めた魔法の勉強と実践は夜までかかってしまった。
探索の続きは明日から行なうことにして、四人は夕食をとった。そのあとはそれぞれ思い思いの時間を過ごすことにする。
各自が鍛錬したり、一休みしたりしていたある時、ソーニャの腰ベルトのポーションのひとつがオレンジ色の液体で満たされていることに透夜が気付いた。
今日の砲丸投げの際、透夜が作って飲んだポーションと同様の色をしている。
透夜はソーニャのそばに近寄った。
「ソーニャ先輩。それってストレングスポーションですか?」
「ええ、これを飲んだらすごい力が湧いてくるみたいだし、いざと言う時に役に立つんじゃないかなって思って。試しに作ってみたの」
透夜の質問にソーニャは笑って答える。
「そうですね。僕も以前は戦う前によく飲んでいました。格下に感じる敵が多くなってからは他のポーションを優先するようになってしまいましたけど」
「そうね。どんなポーションを携帯すべきか、今でも悩むわ」
透夜は現在6本のガラスビンのうち、ヒーリングポーション、マジックポーション、解毒ポーションをそれぞれ2本ずつ携帯している。
ソーニャは4本のガラスビンを保有しているが、ヒーリングポーションがふたつ、マジックポーションがひとつ、あと飲み水を入れたものをひとつという配分のしかただった。これまで飲み水を入れていたビンを、このストレングスポーションとして持ち歩くことにしたのである。
「強敵が出てきたらこのストレングスポーションを飲んでみるわ。もちろんそんな機会はあまりない方がいいけどね」
「あはは、そうですね」
透夜は笑い、ソーニャの側から離れていった。
ソーニャは透夜を見送ってこっそりと安堵の息を吐く。
実は会話中、間接キスのことを思い出して少しドキドキしていたのだが、なんとか動揺を悟られずに済んだようである。