067 力試し?
ぐっすりと眠って疲れもとれた四人。
水の補給も済ませて食糧庫から出ると、大きな部屋にある複数の扉から新たな一つを選び、その中に入った。扉の先は通路となっており、透夜たちは道順に進む。
道中小さい部屋も経由し、そういった場所で敵を何度か見かけたが、いつか見た青騎士やスライムといった既存のモンスターであったため、大して苦戦することなく退けた。
やがて一行は進む通路の突き当りの正面に石板があるのを見かける。左側は扉となっているのだが、先に石板の方に目を通してみるとそこにはこう書かれていた。
【力を見せて欲しいな】
相変わらず、よく分からない内容だと透夜たちは思った。四人は顔を見合わせる。
「どういうことなんだろう?」
「この扉の向こうで何かをするということでしょうか……?」
「とにかく入ってみようよ」
さすがに意味が分からず、首をひねりながらも扉を開けて中に足を踏み入れた透夜たち。入ったそこはあまりにも奇妙な部屋だった。
部屋の床は途中で断崖絶壁となって足場がなくなっており、その先に行けなくなっていた。大半が底を見通せない大きくて暗い穴で占められていたのである。
「こ、これは怖いですね……」
一応その断崖絶壁のへりは手すりで遮られていたものの、高さは腰あたりまでしかないので乗り越えようと思えば乗り越えられる。そして落ちたら確実に命はないだろう。
そしてその穴の奥のほう、ここから少し高さの低いところに変なものがあった。漏斗状になった石の人工物である。
わけが分からず、透夜は部屋の中の左右を見まわした。すると壁の一画がやはり石板になっており、そこに文字が書かれているのを発見する。また、その隣の壁には足元あたりに透夜の手のひらくらいの丸い穴が開いており、その穴に面する床はすこしくぼんでいた。
四人はそこに近づき、まずは石板の文字に目を通してみる。
【挑戦するならここに金貨を入れなさい】
よく見てみると、石板の近くに小さくて平たい穴も開いている。
透夜たちから見ると、それは自動販売機などにある硬貨の投入口にそっくりだった。
「ひょっとして、ここにあの金貨を入れればいいのかな?」
絵理が、自分の荷物から金貨を取り出した。
もちろん、かつて黄金の獣と戦って手に入れた、金貨というよりメダルのような安っぽさをもつアレだ。
「ま、まさか本当にゲームで使うなんて」
かつて冗談で言ったことが、こうして目の前に現れるとは思わなかった透夜がつぶやく。
「どうしましょう? やってみますか?」
杏花が全員を見まわして尋ねた。
「いいんじゃない? 気になるし、なんだか面白そう」
ソーニャが楽しそうに笑みを浮かべてそう答える。そして皆、ソーニャと同じような気持ちだった。金貨を入れてみようということになったのである。
「あたしが入れるね」
絵理が先ほど取り出した金貨を一枚、その投入口に入れた。
するとややあって、何かが転がるような音が響き……。
壁の足元に開いている丸い穴から、まるでボーリングの球のようなものが転がり出てきた。それは床のくぼみで綺麗に停止する。
「まさか……この球を断崖の向こうにある、あの漏斗の中に投げ入れろってこと?」
この部屋の前の石板にかかれていた力を見せてほしいという文章、そして金貨を投入して出てきたこの重そうな球。
考え付くことと言えばそれくらいだ。
この球には残念ながら指を入れるための穴はなかった。ボーリングの球というよりは砲丸といったほうがよさそうだ。サイズもそれくらいである。
試しに持ち上げてみる透夜。
かなり重い。少なくとも学校の体力テストで持った砲丸より重量があるのは確かだ。
このダンジョンで体が鍛えられているはずの透夜ですら、持ち上げることはできるものの、これをあの大きく空いた穴の先の、漏斗の中に届かせるのはさすがに難しそうだと思った。
一旦砲丸を置いた透夜は少しだけ考えたあと皆を見まわして言う。
「ストレングスポーションを飲んだら、たぶんなんとかなると思う」
「ストレングスポーション? ひょっとして力が増えたりするの?」
「ええ、そうです。飲むとしばらくの間、筋力がアップします」
「へえ……そんなのもあるのね。勉強不足だったわ」
感心したようにソーニャが言う。
宣言した通り、ストレングスポーションをまずは作ろうと自分の腰ベルトを見下ろした透夜だったが、現在は6本のガラスビンすべてが別のポーションとして使用されている状態だ。作るなら一度空にしないといけない。
少し考えたあと、ちょっともったいないけど仕方ないか……と思いながら自分のベルトに手を伸ばそうとした透夜の前に、一本のガラスビンが差し出された。もちろん中身は空だ。
透夜は驚いてそれを見る。差し出したのはソーニャだった。
「私がふだん水を入れてるやつよ。ここに来る前に全部飲んでたから、これを使いなさい」
「あ、ありがとうございます……でも、その……いいんですか?」
なぜか透夜はすこしモジモジしている。さらに絵理と杏花の雰囲気も少し変だ。三人の視線はソーニャが持つガラスビンの口部を注目しているように思えた。
ややあって、ようやく三人が何を考えているのか気付いたソーニャ。ふき出すように小さく笑う。
「もう……間接キスを意識するなんて、中学生までにしておきなさい。ほら、透夜」
ソーニャは笑顔のまま、ずいっと透夜にガラスビンを突き出した。その笑みはまさに年上の余裕であふれんばかりである。
「わ、分かりました。では、使わせてもらいます」
ソーニャが間接キスを意識していないらしいことに、なぜか少々気落ちしている自分を感じながらも、透夜は受け取ったガラスビンを片手に持ち、あいたもう片方の手で魔法の文字を三つ描きながら同時に詠唱した。
「ストレングスポーション」
たちまちガラスビンの中は柑橘類を彷彿とさせるオレンジ色の液体で満たされる。
透夜はやっぱり間接キスのことを気にしつつ、ガラスビンに口をつけて中身をあおった。すぐにポーションの効果が発揮され、透夜の体に力がみなぎる。
「じゃあ、やってみるね」
三人に宣言したあと透夜は空になったガラスビンをソーニャに返し、砲丸を拾い上げた。先ほどに比べてずいぶんと軽く感じる。これなら、あの離れた距離にある漏斗状の穴にも届くだろう。
「うん。頑張ってね透夜くん!」
「お願いね」
「応援しています」
三者三様の応援を背に、透夜は断崖絶壁のへり、手すりで遮られているところの手前まで近づく。
そして昔の体力測定でやった砲丸投げを思い出しつつ、手の中の重い弾を漏斗状の人工物へと放り投げた。
が、しかし……。
「あっ……」
距離は届いていたものの、投げた方角が悪かったようで、残念ながらその漏斗内に収まることなく砲丸は地の底へと落ちてしまった。
透夜は顔に気まずさを貼り付けて振り返る。三人の少女も何とも言えない顔をしていた。
「ご、ごめん……」
「ま、まあ仕方ないわよ……」
「そうですよ。あまり落ち込まないでください」
謝る透夜にソーニャと杏花がそれぞれ気遣いの言葉をかけた。
絵理は何かを考えていたのか少し間を開けた後、慰めではない言葉を口にする。
「……透夜くん、ストレングスポーションの効果ってまだ残ってるんだよね?」
「それは大丈夫だよ。効果時間はかなり長いから……って、ひょっとして絵理ちゃん?」
「うん。このゲームはたぶん金貨の数だけチャレンジできるんじゃないかな?」
一枚使ってしまったものの、まだ金貨の数は四枚残っている。
「……分かった。もう一度やってみる」
自分を見つめる絵理に透夜は頷く。
やはり女の子の前で格好つけたいという感情は透夜の中にもある。それに、このゲームのようなものは出来ることならクリアしてみたい。
絵理が再び金貨を投入すると、彼女の予想通り新たな砲丸が壁の穴から転がり出てきた。
もう一度それを手にし、手すりのそばに歩み寄る透夜。
「……!!」
力をふり絞り、先ほどよりも投げる方向に気を付け、透夜は砲丸を投げた。
今度は見事、重い音を響かせながら漏斗の枠内へと収まり、やがて砲丸は中央の穴へと吸い込まれていった。
「やった!」
絵理たちから歓声があがる。透夜も満足気な笑みを浮かべて振り返った。
そんな少年少女たちの耳に音が聞こえてきた。
ボタンを押したときなどによく耳にする、石壁が動く時の音である。
慌てて室内を確認する四人。
コイン投入口の向かい側の壁の一画が、ちょうど開いているところだった。そしてその中に何かアイテムがあるようである。
「ゲームをクリアしたご褒美ということでしょうか?」
「みたいだね」
透夜たちはさっそくその開いた壁の側へと行き、中のアイテムを近くで見てみる。
そこに安置されていたのは一対の籠手だった。
杏花が身に着けているものは金属製だが、これは布と革を組み合わせて作られたもののようだ。デザイン的にもなかなかおしゃれな一品だった。
「絵理向けの防具かしら」
出てきたアイテムを見たソーニャが絵理を振り返りながらそう述べる。もちろん透夜も杏花も異論はない。
「じゃあ着けさせてもらうね」
絵理は喜んで自分のものになった籠手を持ち上げる。
左右の籠手は制服のブレザーの上からでも着けることができた。大した重さもなく、着け心地も悪くない。また、それなりの防御性能もあるように思える。
「良かったですね。絵理」
にこやかに言う杏花に、絵理も微笑む。
「うん。こうして防具を身に着けると安心感が違うね……ありがとう透夜くん! 透夜くんがゲームをクリアしてくれたおかげだよ」
「どういたしまして。僕としても二回目で成功させられてよかったよ」
喜ぶ絵理の姿を見て、透夜も砲丸投げに挑戦してよかったなと心から思うのであった。
なお、間接キスについてだが、実はソーニャもすごく意識していた。というか間接キスになるということに気付いた後、この四人の中で一番意識していたと言ってもいい。
平静を装っていたが、自分が渡したガラスビンに透夜が口をつけるのを頬を赤く染めながらずっとガン見していたし、ビンが返却された後もドキドキしてしばらくはそのことが頭を離れなかった。