065 下り階段の前に見たくなかった敵を発見してしまう
兵隊アリと働きアリの挟撃をなんとか切り抜けた透夜たち。
透夜は解毒ポーションとヒーリングポーションをふたたび作り、絵理と杏花も消費した魔力を手持ちのマジックポーションを飲むことで回復しておいた。
歩を進める四人はやがて大きな広間へとたどり着き、その奥に念願の下り階段を見つける。
しかし嫌な予感は的中するもので、下へと向かう階段の前に、一体の女王アリらしきモンスターと、それを取り囲む多数のアリの姿も発見したのであった。
働きアリや兵隊アリなんかとは比べものにならないほど巨大な女王アリ。その体は天井近くにまで届いている。側には白い卵らしきものや、そこから生まれて間もない幼虫らしきものの姿もあった。今もちょうど新たな命が生まれ出でたところだ。
はっきり言って、透夜たちにとってはトラウマ級の光景であった。
もちろん周囲は働きアリ、兵隊アリが多数おり、透夜たちを見つけた魔物の群れがさっそく向かってこようとしている。
透夜たちは覚悟を決めた。ここにいる敵を女王アリもろとも全滅させないと、先に進む手段はない。
自分らが今しがた出てきた通路のそば、広間の一画に陣取る四人。
ここに至るまでの通路に出てきた敵はすべて撃破してきたし、途中に横穴を見かけることもしばらくなかった。挟撃を受けることはまずないだろう。
扇の外側のようなゆるやかな半円の陣を組み、透夜、ソーニャが前に立つ。その斜め後ろにそれぞれ絵理と杏花がついた。
「サンダークラウド!」
まず四人で一斉にサンダークラウドを行使する。
先ほど杏花が通路でとろうとしていた戦術だ。四人の前方やや離れた場所に薄暗い雷雲が四つ生み出され、広範囲に稲妻を走らせる。
一発一発の威力は低いため、これだけでは巨大アリを倒せない可能性が高い。しかしアリたちがその雲を通り抜ける間にじゅうぶん弱まり、剣で楽にとどめをさせるようになるはずだ。雷の雲はしばらくその場に留まるため、前衛二人もあとは剣を振るうことに集中できる。
目論見どおりよろよろになって雷雲を抜けてくる敵を、透夜とソーニャの剣が迎撃し、次々とその頭を、胴体を斬って捨てた。
そして奮闘する二人の後ろから、絵理と杏花が大きな女王アリめがけて攻撃魔法を撃ちまくる。
使っている魔法はファイアーボールである。
絵理ももはやファイアーボールに対する恐怖心は残っていなかった。
というか、あの巨大な女王アリの方がファイアーボールなんかよりよっぽど怖い。
兵隊アリ、働きアリの上を飛んでいった火球は女王アリの巨体に命中し、爆音と火炎をまき散らす。女王アリは衝撃によろめくが、さすがにそれだけでは倒れない。爆風範囲にいた兵隊アリや働きアリは吹き飛び、卵や幼虫も爆発にのまれて燃え尽きる。
幸い、女王アリは新たなアリを生み出す以外の能力は特に持ち合わせていなかったようで、二人のファイアーボールを数発その身に受けた後、やがて動かなくなった。
女王アリが死んだあとも活動を続ける働きアリと兵隊アリは、透夜とソーニャがひたすらに剣を振るって叩き伏せた。女王アリを倒した絵理と杏花も、引き続き攻撃魔法を放ってうごめくアリたちを撃破する。
いつしか、この広間で動いている者は透夜たち四人だけになった。
ようやく、巨大なアリの群れを大本の女王アリごと完全に撃破したのである。
「お、終わった……ね」
「うん……ようやくだね……」
肩で息をする絵理に、同じくへとへとになった声で透夜が答える。杏花、ソーニャは口を開く元気もないのか頷くだけだ。
息を整えながら、周囲を確認する透夜たち。眼前には巨大なアリの死骸が床を埋め尽くすように散らばっている。戦いに勝利したとはいえ、胸がすく光景とは言い難い。
「……下りようか。まだ他のアリたちがいるかもしれない」
「ええ、そうね……」
透夜の提案にソーニャが言葉少なに答える。まだ探索していない場所はかなり残っていそうだが、これ以上アリの大群と戦うのはさすがに体力も気力も持たない。
四人は無数の屍を乗り越えて、今度こそ行き止まりではないはずの地下七階へと一歩一歩下りていくのだった。