064 道をふさぐ兵隊アリ
新たなガラスビンを手にした透夜たちは、先ほど入ってきたところとは違う方の扉を開け、ふたたび先へと進む。
何度目かになるか分からないが、通路にアリが開けたらしい横穴があるのが見える。
警戒して近づく透夜たち。
しかしアリが現れることもなく、通り過ぎる際に少し覗いてみても、アリがうごめく姿を暗闇の中に見い出すこともなかった。
透夜たちは足早にその場から離れることにする。
いつアリが現れるか分からない洞穴の側に長居したくはない。
やがて石の通路は曲がり角に突きあたる。そしてその角から黒いアリがその姿を現した。
「また出た……」
「いえ、今までのやつとは違うみたいよ」
絵理の嘆くような声に緊張感を滲ませて答えたのはソーニャ。透夜も遅れて気付いた。
透夜たちの前に全身を見せた巨大アリは、これまで戦ったやつらとは少し差があった。
体も肥大化しているし、顎もするどく、大きくなっている。いわゆる兵隊アリというやつなのかもしれない。そして一番の違いは、尾に生えている大きな針だ。
透夜たちの世界にいる昆虫のアリは毒針を持っているものが多くいるが、この兵隊アリの針もそれと同様と考えて問題なさそうだ。
「あの針、毒があってもおかしくないですね」
「そうね。気をつけてね、透夜」
「ソーニャ先輩も」
透夜、ソーニャが二人並んで前衛に立つ。この通路は二人が並んで武器を振るえるくらいの余裕はある。もっともそれは敵にとっても広さに余裕があるということであり、透夜とソーニャの前にそれぞれ一体ずつの兵隊アリが立ちふさがるということになった。
その後ろにも、さらに数体の巨大な兵隊アリが続いているようだ。
「マジックシールド!」
絵理、杏花が前衛のふたりにそれぞれ魔力の盾を張る。初戦以降、通常の巨大アリ相手にこの魔法を使うことはなかったが、目の前にいるのが強敵ならば使用しておいたほうが良さそうだ。
光の障壁に包まれた二人に、兵隊アリがその頭部に生える一対の顎を開き、食い千切ろうと襲い掛かってきた。
透夜は盾で防ぎ、ソーニャはそれをステップでかわす。
二人は流れるように反撃の刃を振るい、それぞれ目の前のアリの頭部を叩き斬った。致命傷を負った兵隊アリは倒れたあとしばらくもがいていたものの、やがて動かなくなる。
しかしその屍を乗り越えて新たな兵隊アリが二人の前へと立ちふさがった。
さきほど、あっさりと目の前の敵を降した二人だったが、兵隊アリはこれまでの働きアリらしき連中よりは明らかに格上だと感じていた。一太刀で潰せたのは幸運だったにすぎない。
二人の背後で戦いを見守っていた杏花は、兵隊アリの後ろ側にサンダークラウドを放てば後続を断てるのではないかと思いつく。そしてそれを実行しようとしたが……何かに気付いたのか隣の絵理が後ろを振り返ったかと思うと、突然叫び声をあげた。
「杏花ちゃん! 後ろからも来てる!」
「!?」
杏花は使うつもりだったサンダークラウドの詠唱を慌てて中断し、後ろを振り向く。
杏花の目も後ろから接近しつつある巨大アリの群れをとらえた。先ほど通り過ぎた横穴から出てきたのだろう。さいわい兵隊アリではなく、これまで散々倒してきた働きアリのようだが、それでもこの状況は明らかにまずい。
透夜、ソーニャも後ろの状況に気付いた。しかし、気をそらした二人に兵隊アリの大きな顎が迫る。二人はからくもそれを受け流した。
「大丈夫、魔法でなんとかするから!」
「ええ、二人は兵隊アリに専念してください!」
絵理、杏花は前で強敵と戦っている二人にそう叫ぶと、それぞれ魔法の詠唱を始めた。近づいてくるまでは幸いまだ時間がある。そして長い通路を連なってやってくるアリたち。こんな時にぴったりの魔法がある。
「ライトニングレイ!」
二人が同時に放った雷を帯びた光が、迫る巨大アリたちの全身を刺し貫いた。巨大アリたちは瞬く間にその場に崩れ落ちる。射程距離外だったアリたちがまだやってくるが、近づいてきたところに同じ魔法をそれぞれもう一発。
背後から迫るアリの群れは、それでほぼけりが付いた。
最後列に残っていた一体が向かってきたものの、杏花はメイスと盾を構えてそれを迎え撃つ。絵理は杖を引き抜き、杖に込められたマジックシールドの力を急いで杏花に解き放った。たちまち光の障壁が杏花を覆う。
アリは大あごをわななかせて威嚇する。慎重にその前に対峙する杏花。絵理も剣を抜き、いざとなったら杏花を援護できる位置に立つ。
杏花はアリの大あごを何度か盾を使ってさばいた後、やがて生まれた隙をつき、その頭部をメイスの重い柄頭で叩き潰した。
ほっと一息をつく絵理と杏花。二人は顔を見合わせて笑う。背後から襲ってきた巨大アリの群れを二人だけで無事に壊滅できたのだ。
透夜たちは大丈夫かと前へ向き直る絵理と杏花。そして仰天した。
透夜が膝をつき、ソーニャが屈みこんでそれを支えるようにしていたのである。
「どっどっどどどどうしたの!?」
「何かあったんですか!?」
二人は慌てて透夜とソーニャの側に駆け寄った。敵の姿はすでにない。透夜とソーニャが兵隊アリをすべて始末していたのである。
今はちょうど、ソーニャが緑色の液体が入ったポーションを透夜に飲ませていたところだった。解毒ポーションである。
飲み干した透夜がほっと一息をついた。
「た、助かりました……けっこうきつい毒だったのでクラっときちゃって……」
「良かった……」
ソーニャは安堵の言葉をつぶやく。見守っていた絵理と杏花も胸をなでおろした。
戦っている最中に兵隊アリの毒針をその身に受けた透夜だったが、解毒ポーションを飲む余裕もなく、そのまま武器を手にして戦い続けた。
やがて目の前の敵を殲滅し終えた後、自分の腰のベルトから解毒ポーションを引き抜いて飲もうとしたところで足元がふらつき、片膝をつく事態になったのだ。それでソーニャの手で自分の解毒ポーションを飲ませてもらったのである。
透夜は空になったビンをソーニャから受け取り、自分のベルトスロットに戻すと、新たに水色のポーションを引き抜き、飲んだ。こちらはヒーリングポーションである。受けた傷と、毒によって失われた生命力がたちまち回復していった。
透夜はしっかりとした動作で立ち上がり、ソーニャもそれに続いた。
「はあ……良かったよぉ……透夜くん」
「ええ……膝をついているところを見た時は心臓が止まるかと思いました」
「あはは、ごめんごめん。でももう大丈夫だよ」
完全に立ち直った透夜は殊更に明るい声を出し、絵理と杏花に笑顔で答える。ソーニャはそんな透夜の頬をはさむように両手をそえ、やや強引に自分の方へと振り向かせた。
透夜は何も言わなかったがソーニャは気付いていた。透夜が毒針を避け切れずその身に受けたのは、攻撃後に隙があった自分をフォローするため、やや不安定な体勢をとっていた時だと言うことに。
「本当に心配したんだから……今度同じようなことがあったら無茶しないで一旦下がりなさい」
「は、はい……次は気をつけます。ソーニャ先輩……」
正面から見つめるソーニャの瞳が潤んでいるような気がして、透夜は茶化すことなく素直に返事をしていた。