061 輝く四つの宝石
「それで、絵理。気になることって?」
翌朝、地下五階の一番最初の広間に戻ってきた透夜たち。
絵理の先導にしたがってこの場所までやってきたのだが、正面の壁に見覚えのある石板が設置されている。
【右と左。好きな方を選んでよ】
透夜たち三人はかつてここで右を、ソーニャはここで左を選んだわけである。しかしどちらも結局は地下六階の同じエリアへとたどり着いた。
「ええっと、ソーニャ先輩に出会う前の話なんですけどね。ここでどっちに進むべきか剣を棒の代わりに倒してみたんです」
絵理はまだ確証が持てないのか、やや自信なさげに喋り始めた。透夜と杏花もその時のことを言われて思い出す。
「そしたらあの正面の壁に向かって倒れたんですよ。その時はみんなで笑うだけだったんですが……」
絵理はもう一度以前と同じように、剣を鞘から抜いて石の床にそっと突き立てる。すると、まるで以前と同じように壁の方へ向かって倒れた。もちろん、別に絵理がそちらに倒れるような置き方をしたわけではない。
「倒れた剣が示す方向はあの正面の壁なんですけど……なんだかちょっと気になりませんか?」
剣の柄は綺麗に正面壁の中央部分を示していた。
「……たしかに文字が書かれてる石板もこうして見てみると、壁の中央じゃなくてちょっと横にずれてるし、変と言えば変だね」
「ひょっとして、隠し通路みたいなものがあるということですか?」
「考えてみると石板の文字も意味深だし、ありえるわね……調べてみましょう」
四人で手分けして正面の壁を調べてみる。
すると壁の足元あたりに、ほんの少しだけ縁どられている場所があることに気付いた。どうやらボタンのようだ。何気なく見ていた時に気付かなかったのが当然であるほど、巧妙にカモフラージュされていた。
「お手柄ですね、絵理!」
「ほんとうに大したものね!」
「うん、すごいよ絵理ちゃん!」
「えへへ、どういたしまして」
三人が顔に興奮と喜びとをはりつけて絵理を賞賛する。予測が的中した絵理もまんざらではない。
ひとしきりやりとりを交わしたあと、いよいよこの謎のしかけに触れてみることになった。
「じゃあ、押してみるね?」
透夜が壁の前に屈み、そのボタンらしい場所を押す。
すると壁の一画が音を立てて動き出す。新たな空間が生まれようとしていた。さきほど倒れた剣の柄がちょうど差していた位置だ。
やがて長く続く通路が出来上がる。その先は大きな部屋になっているようだ。
「行ってみよう」
透夜の言葉にそれぞれ頷き、ゆっくりと歩を進める。
やがてたどり着いた部屋の中は、正面に大きな扉があった。これまでダンジョンの中で見てきたものの多くに比べてずいぶんと重厚な見た目であった。
また、その扉の脇の石壁の一部は文字が描かれた石板となっていた。そこにはこう書かれている。
【開けたいならペンダントを何でもいいから四つ集めてきてね】
四人はあらためてこの扉を見つめてみた。
装飾もほどこされているが、特に気になったのは四つの透明な球体だ。水晶玉のような丸い石が、目立つ形で分厚い扉に埋め込まれている。
ソーニャが自分の胸元で輝く緑色の宝石を見た。
「このペンダントが、扉を開くための鍵ってことよね?」
「おそらくそうでしょうね……四つあればなんでもいいみたいですが」
「あの変な声の口ぶりだと、他にもいくつかありそうだったもんね」
「でもどうすればいいんだろう?」
ペンダントを集めてとは書いてあるものの、それ以上の情報は記されていない。
「やっぱり、ペンダントを石の前にかざすとかじゃないでしょうか」
杏花の言葉に全員、扉にはめ込まれている四つの丸い石を見た。そしてお互いに顔を見合わせる。
「皆で一斉に近づいてみる?」
「そうですね、僕はそれで構いません」
「あたしも」
「はい。なんだかドキドキしますね……」
透夜たち四人は横に並び、ゆっくりと足を踏み出す。
一歩、二歩、三歩……。
突然、それぞれのペンダントトップから光の筋が丸い石へと走った。
固唾を飲んで見守る透夜たちの前で、赤、青、黄、緑といったそれぞれの色を持つ光が、四つの透明な宝石をその色に染めていく。
ややあって光の放出が収まった後、大きな扉が重々しい音を響かせてゆっくりと開いていった。
「すごい……」
誰かが感嘆の言葉をつぶやいた。他の面々も開いていく扉と、向こうに生まれつつある新しい空間をじっと見据えている。やがて音も止まった。
開いた扉の向こうは通路になっており、目に見える距離に下へと向かう階段がある。新たな地下六階への入口だ。
それぞれ見つめあい、うなずくと開いた扉の先に足を踏み入れる透夜たち。一度開けば出入りは自由なのか、もうその扉が閉ざされることもない。
階段前に来た四人は脇の壁にまた石板が設置されていることに気付いた。果たして何が書かれているのだろうかと、皆がその石板の文字に注目する。
【ここからが本番よ】
書かれていた言葉はそれだけだった。しかしその短い文言が、透夜たちの心に重くのしかかる。
「うわあ……ここまではただの前座だったってことなのか?」
「ちょ、ちょっとショックだね……」
「ええ……今まで乗り越えてきたことが、まだ本番ではなかったというのはつらいですね……」
「まだまだ先は長そうね……気を引き締めていきましょう」
ソーニャの言葉に、全員が文字通り気合を入れなおした。たしかに気落ちしている場合ではない。せっかく新たな道が見つかったのだから。
透夜はふと、行き止まりだった地下七階で聞こえた謎の声のことを思い出す。
少女のような可憐さと無邪気さとを併せ持つような声音。
こうしてみると、石板に書かれている文字もその少女が刻んだもののように思えてくる。
四人はそれぞれの思いを胸に、新しい地下六階への階段へと足を踏み入れた。