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058 炎をまとう強敵

 翌朝、寝床にしていた部屋から出た四人は、この階層で一番広い空間がある場所へと戻ってきた。


 その時、ちょうど離れたところをのしのしと歩く四足獣を見かけた。


 それは黒系統の色を持つ大型犬といった外見をしていたが、その全身のいたるところが燃え盛る炎に包まれている。


 透夜たちに気付いていないのか、広間から伸びる通路の一本へと入り、やがて透夜たちには見えないところに去っていった。


「今の敵、初めて見るやつだわ」


 獣の姿を見送ったソーニャがぽつりとつぶやく。


 ソーニャは初見のモンスターであったが、透夜はその姿を一度見たことがあった。透夜も獣が消えた方向を見据えながら口を開く。


「フレイムハウンドだ……」


 透夜の口から漏れた声にはめずらしく緊張感があった。なお、透夜が今呼称した名前はもちろん彼自身が勝手に付けたものである。


「つ、強そうな姿だったね……」


 絵理もややかすれたような声で同意する。別に透夜の緊張が移ったわけではない。透夜がさきほどの言葉を口にする前から、あの獣の恐ろしさが絵理にもうっすらと感じられていたのである。


「うん……僕が会った中ではトップクラスに強い相手だった。口から火を吹いて攻撃してくるし、僕のファイアーボールが直撃しても、せいぜい爆風で少しよろける程度で大して効かなかったんだ」


 全員が驚いて顔を見合わせた。透夜のファイアーボールが効かない敵は、絵理たちもこれまでお目にかかったことがない。スライムはしぶといだけで、ファイアーボールの効果そのものはあがっていたし。


「火の魔法が効かないってことなのかな?」


「たぶんね」


「ひょっとして、以前透夜君が話してた、毒の雲を併用して倒した相手というのは……」


 かつての透夜との会話を思い出した杏花がそう尋ねる。透夜が首を縦に振った。


「うん、あいつだよ。狭い部屋に誘い込んでそこを毒の雲でいっぱいにしてさ、弱らせたところを剣でとどめをさしたんだ」


 そこまで言った透夜が、少し考えたあとふたたび口を開いた。


「ただ、あの頃は攻撃魔法もそれくらいしか覚えてなかったし、今ならそんなに苦戦しないんじゃないかな」


「そうね。アイスジャベリンなんて特に効果がありそう」


 透夜の言葉にソーニャもそう答えた。全身に炎をまとっているのなら、やはり氷の魔法が多大な効果をあげるのではないだろうか。絵理も杏花も同様の考えを抱いていた。


 透夜は自分を見ている三人の少女に、あのフレイムハウンドを倒すための方法を提案する。


「僕がひきつけるから、三人は魔法をお願いしていい?」


「分かったわ」


「火を吹くんだよね。マジックシールドってそういうのも防げるの?」


 今までにない攻撃を行なう敵であるため、絵理が透夜に尋ねた。それを聞いた透夜は自信なさげな表情を浮かべる。


「んー、以前やった時は、特に効果がないように思ったよ。ただ牙や爪なんかもあなどれないから、使ってもらえると助かるかな」


「わかった。じゃああたしがまずマジックシールドを担当するね」


「そのあとは絵理も含めた私たち全員でアイスジャベリンを準備しましょう」


 杏花の言葉にソーニャがうなずく。そして一人で前に出る透夜を心配げな瞳で見つめながら口を開いた。


「気をつけてね、透夜」


「はい。大丈夫、なんとかなりますよ」


 ソーニャたち三人を安心させようと、透夜はあえて笑顔を浮かべて元気な声で答える。


 打ち合わせも終わり、去った獣の方へ警戒しながら進もうとした透夜たちの前に、向かった先は行き止まりだったのか戻ってきたフレイムハウンドが再び姿を見せた。


 今度は透夜たちの姿をその目でしっかりととらえる。一声吠えると、炎をまとった黒い巨体は透夜たちに向かって駆けだした。犬歯が連なる口内からも吐息のように炎が漏れ出ている。


 絵理はマジックシールドを透夜に向けて行使する。間もなくその体が光の障壁で包まれた。


「あとはお願い!」


 透夜はそう言うとひとり前に、同時に腰から引き抜いたスローイングナイフを放った。


 鋭利な刃がフレイムハウンド目掛けて一直線に飛ぶ。


 しかし、フレイムハウンドはそれを見事なステップでかわしてのけた。


 お返しとばかりに口を開き、一人突出した透夜へと炎の息を吐きかける。ファイアーボールのような火弾ではなく、口内から舌のように伸びて広がる炎が透夜を襲った。


 盾をかざしつつ直撃を受けないように透夜は走る。獣の側面に回り込むと右手の片刃刀をその四肢に見舞った。だが炎のブレスを吐きやめたフレイムハウンドはそれをも飛び退って回避する。


 ステップ後、休む間もなく獣は透夜へと牙をむいて飛び掛かる。透夜は慌てずに盾でそれを防ぎ、カウンターの斬撃をも繰り出した。


 その反撃をやはりジャンプして避けようとするフレイムハウンドだったが、完全に回避はしきれず、かすめた刃にややよろめいて着地した。


アイスジャベリン( 氷 槍 )!」


 そこに、絵理たちが撃ちだした氷の槍が順次飛来する。


 一つ目の槍、二つ目の槍は持ち前の敏捷性でかわしてみせたものの、ついに三つ目の氷の槍がその胴体に突き刺さった。


 やはり氷という存在が苦手なのか、苦悶の鳴き声をあげるフレイムハウンド。


 そこに透夜が駆け寄り、得物を振り下ろす。


 今度こそ、透夜の片刃刀は見事にその体を切り裂いた。苦し紛れに獣は透夜を鋭利な爪でひっかく。


 光の障壁の上から革の鎧ごと切り裂かれ、痛みだけでなく炎による熱さも感じて顔をしかめる透夜。


 その苦痛に負けずにもう一度片刃刀を振るう。


 横薙ぎに払われた剣は先ほどよりも深くその体をとらえ、炎の獣は断末魔の声をあげた。間もなくその全身から躍動感が失われる。


 力尽きたフレイムハウンドは、ようやく床に倒れ伏したのであった。


 緊張を解いた透夜は小さく息を吐く。


「透夜! 大丈夫!?」


 そこに三人が駆けつけ、血を滴らせている透夜を見てソーニャが悲痛な叫びを上げた。絵理も杏花も心配そうな瞳で見つめている。


「大丈夫です……ちょっと待っててください」


 そう言うと透夜は腰のベルトからヒーリングポーションを引き抜き、飲み干した。


 やがて傷がふさがっていき出血も止まる。火で焙られていた肌も元の色に戻った。爪で引き裂かれた鎧も、あとで魔法を使って直せば元通りになるだろう。


 透夜はもちろん、ソーニャたち三人もほっと安堵の息を吐いた。


 三人の少女は地に倒れる黒い獣をこわごわと見下ろす。その体をまとっていた炎は、命の灯火と同じくすでに消えていた。


「ほ、ほんとうにすごく強そうな相手だったね……」


「そうね。あの身のこなし、剣だけで戦ったらとても苦戦しそう……」


「なんだか今こうして振り返ってみると、ワームって大したことなかったなって思えてくるぐらいですね……」


 絵理たちはそれぞれの感想を口にする。


 ワームよりはもちろん小さい相手であるものの、この獣から放たれていた気配は明らかにあの巨大芋虫より恐ろしく思えた。


「うん。でも以前ほどには苦戦しなかったかな。僕もあれからちゃんと強くなってるみたいだ」


 透夜がはじめてフレイムハウンドと戦った時は、まさに死闘ともいうべき戦いを繰り広げた。


 魔法はもちろん、手持ちのアイテムも駆使し、地形も利用してようやく倒したのである。


 その時に比べれば、先ほどの戦いはずいぶんと楽に終わった……というのが透夜の正直な感想だった。


 仲間の助けがあったのはもちろんだが、以前ほど素早い動きに翻弄され続けるということはなかったし、刀で斬った時の手ごたえも昔より大きかった。


 ワームを苦も無く倒せるようになったのと同じく、あの炎をまとった獣だっていつか楽に勝てるようになるだろう。


 そう考えていた透夜と同様に、絵理たちの瞳にも強い意志が宿っている。


「あたしたちももっと腕を磨かないとね」


 絵理の言葉に杏花もソーニャも強くうなずいた。

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[良い点] 着実に強くなってる実感ざ爽快 [一言] なんだかハウンド肉は美味しそうかも
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