054 ネズミ型モンスター、現る
ジャイアントバットを蹴散らしたあと、やがて大きな広間となっている場所に出た透夜たち。広間からはさらにいくつか他の場所へと伸びる通路があるようだ。
首をめぐらせて周囲を確認する彼らに、通路の一つから現れた二体のモンスターが足音を鳴らしながら近づいてきた。
「ジャイアントラットだ!」
迫る獣型モンスターの姿を見た透夜がやや大きな声をだす。その声には喜びの感情が多く含まれているように思えた。
「……ひょっとして、以前透夜くんが言ってた大ネズミってあれのこと?」
「うん。そうだよ。モモ肉のあたりが特に美味しいんだ!」
かつての透夜の言葉を思い出した絵理が尋ね、透夜が明るく元気にそう答えた。
透夜の瞳はまさに極上の料理を見た時のように輝いている。
見た目の形は透夜たちの世界にいる豚に近く、サイズはそれよりも大きい。頭部は透夜が名付けたようにネズミを思わせる風貌だったが。口には大きな鋭い前歯が生えている。
二体の大ネズミ型モンスターは透夜たちを威嚇しながら距離を詰めてきている。戦いは避けられそうにない。
「味はともかく、強いの?」
ソーニャのもっともな疑問に、透夜が少し考えたあと口を開いた。
「力もあってタフですね。あなどると結構痛い目にあいます。ただ、毒などの特殊な能力は持ってないみたいです」
「そう。なら、普通にこの剣で倒すまでよ」
透夜、ソーニャが並び立った。杏花も二人の援護にいつでも入れる位置につき、絵理は後ろから魔法を撃てるようにする。
二体のジャイアントラットは透夜たちの目の前にまでやって来ていた。
最初に動いたのはソーニャ。
ソーニャは前に出ると剣を斜めに払い、手近な方のネズミへ先制の一撃をくわえた。剣先は浅く大ネズミの体を切り裂き、痛みに怒りを覚えたジャイアントラットはソーニャへと飛び掛かる。ソーニャはそれをひらりと回避した。
突出する形となった大ネズミを、杏花がメイスで迎えうった。上段から振るわれた鈍器が大ネズミの頭を激しく叩く。
「アイスジャベリン!」
そこに、絵理の放った氷の槍がさらなる追撃となって襲い掛かった。鋭い穂先が大ネズミの胴体を深くえぐり、化け物は痛みと怒りに悲鳴をあげた。
しかしまだジャイアントラットは倒れない。たしかに透夜が言ったようにかなりタフなようである。めちゃくちゃに体を動かして暴れまわる大ネズミ。巻き込まれそうになった杏花はあわてて距離をとった。
激しく暴れたことが生命力を大きく消費させたのか、途中で動きが鈍くなったネズミへとソーニャが上から剣を振るう。その刃は深く胴体を断ち切り、ようやくジャイアントラットは床に倒れ伏した。
もう一体のジャイアントラットは透夜がひきつけながら戦っていた。今も鋭い前歯の生えた口で透夜に噛みつこうとした大ネズミを、透夜が慌てず盾をかざして防いでいたところだ。
そこにソーニャたちが参戦し、意外とあっさり大ネズミとの戦いは決着するのであった。
透夜はさっそく大振りのナイフを手に、ジャイアントラットの肉を食べやすく解体している。
今日中にも、このネズミの味を全員が体験することになるだろう。
すでにモンスターの肉を食べる生活に慣れてしまっている少女たちであった。
床に倒れているジャイアントラットの姿を見ながら、杏花がふと気付いたかのようにぼそりとつぶやく。
「しかしジャイアントラット……ジャイアントバットと少し紛らわしいですね……」
痛いところをつかれたと思ったか、解体作業中の透夜がびくりとする。
「べ、別の名前を考えようか?」
振り向いた透夜がその言葉を発する。目は泳ぎ、声は小さく震えているように思えた。
「い、いえ……ジャイアントラットのままで良いと思いますよ」
「そ、そうそう! せっかく透夜くんがつけたんだし!」
「……そうね。私も分かりやすくてぴったりのネーミングだと思うわ」
そんな透夜を慌ててフォローする少女たちであった。