051 ようやく手に入った念願の
次は五つ目のボタンである。
先ほどトラップによる火球の爆発に巻き込まれそうになった四人だったが、残るボタンを押すという選択をやめることはなかった。
むしろ、あんな罠をくぐり抜けたのだし、そろそろご褒美のようなものが手に入るのではないか……という思考も多少湧いていたのである。それにやはりボタンを押さずに立ち去るというのは、後ろ髪を引かれる思いが残ってしまう。
もちろん今まで以上に警戒を怠らず、透夜はボタンを押した。
すると壁の一画が開いていく。クレイゴーレムが出てきた時の様に、足元からかなりの高さに至る壁面が開いた。やがて開ききったスペースから一体の異形がゆっくりと現れた。
かつて透夜たち三人が地下五階で見た緑色の大きなスライムである。
「な、なにあれ?
ソフィアはスライムを見たことが無かったのか、顔に恐怖を貼り付けて言葉を漏らす。
問いかけというよりは自然と口から出たつぶやきといった風情であったが、正体をすでに知っている透夜がそれに答える。
「僕たちはスライムってよんでます。強いというか、しぶとい相手です」
同じく戦ったことのある杏花が透夜の説明のあとを継いだ。
「魔法で一斉攻撃しましょう。何回かやればそれで倒せますよ」
「わ、分かったわ」
さすがのソフィアも、この不気味な生物に向かって剣を振り回す気にはなれないようだ。杏花の言葉に同意し、魔法の準備動作を開始する。アイスジャベリンだ。
絵理もアイスジャベリンを、杏花はウィンドカッターの魔法をそれぞれ準備する。
透夜はもちろんファイアーボールだ。
さいわいスライムはそこまで移動速度も早くない。近づいてくるまでにはまだ余裕がある。
絵理、杏花、ソフィアがそれぞれ二回、透夜が一回の魔法を撃ちこむと、やがて緑色のスライムは己の形状を保つことができなくなり、ごぼごぼと崩れて床に広がるだけの粘液と化した。
透夜たちはほっと一息をつく。
スライムは地下五階の時よりも大きく感じるサイズだったが、あの時よりも少ない魔法の回数で終わらせることができた。
絵理たちが使っているのがあの時のマジックミサイルよりも高威力の魔法であることに加え、透夜たちの魔法の腕そのものも上昇しているのだろう。
ソフィアは安堵した表情で床を濡らすスライムの成れの果てを見た。
「はあ……こんなやつもいるのね……一人の時に出会わなくてよかったわ」
剣や矢で対処できるような相手には思えない。一人の時は攻撃魔法も一種類しか使えなかったし……とソフィアは己の幸運に感謝した。
実際に剣で斬りかかったことがある透夜はソフィアの言葉に頷く。
「たしかに、あれを剣で斬った時は何回やってもまったく効いてる気がしませんでしたからね」
「よくあんな気持ち悪いのに斬りかかる気になったね、透夜くん……」
あきれ顔でもっともな意見を絵理が言い、杏花もソフィアも激しく同意した。
ともかく残るボタンはひとつである。今度こそ、という思いで透夜はそれを強く押した。
するとやはり壁の一部が動き出す。足元から上の範囲が開いていった。またも敵が出てくるのかと身構えた透夜たちだったが、しばらく待っても何も出てこない。今度もひっかけか?
透夜が代表で覗き込む。
そして視線の先にあるものがアイテムであることを確認し、仲間たちにそのことを伝えた。
中にあったのは金属のような光沢のある長い形状のものがふたつ。これは対になっているようだ。形状的に、腕につける籠手らしい。
白銀のような色を基調とし、ところどころに黄色いラインが染色され、赤くて丸い宝石がそれぞれ一か所ずつ埋め込まれていた。装飾品としてもなかなかの一品のように思える。
籠手以外に置かれていたのは投げナイフが二本。これは絵理が持っているナイフと同じものだ。
「この籠手、誰がつける?」
透夜もソフィアもすでに鎧を纏っている。
となると、絵理か杏花が身に着けるべきだろう。幸い、籠手は制服の上からでも着けることができそうだ。
持ってみて分かったが金属製に見えるにも関わらず、そこまでの重量はなかった。
「私がもらってもいいですか? 絵理」
杏花が絵理を見据えて言った。絵理はあっさりとうなずく。
「うん。それが良いと思うよ。杏花ちゃんも前で戦いたいでしょ?」
絵理は杏花が腰から下げているメイスと盾をちらりと見ながら言った。
優れた武器と盾、そしてそれらを自在に操る腕前を今の杏花は身に着けている。しかし、防御的な観点から、やはり前衛に立つにはまだ不安があった。
少し前の金貨が集まって生まれた獣との戦いにおいても、この部屋でのクレイゴーレムとの一戦でも、杏花は後ろからサポートする役目にまわっていた。
「ありがとうございます。やはり、今の格好だとなかなか自信を持って前に出ることができませんから……籠手だけでも安心感が違いそうです」
絵理の言葉に杏花はにこりと微笑んで礼を言った。
絵理としても前に出て透夜と肩を並べたい気持ちはあるものの、やはりパーティーとしては杏花の防御力をあげておくべきだろうと判断した。それに、武器を手にして戦う腕前はこの中で一番劣っていると絵理は自覚している。
籠手に関してあっさりと決着したことを受け、透夜はもう一つのアイテムへと注意を向けた。
「じゃあ投げナイフは絵理ちゃんが使う? これ絵理ちゃんが持ってるものと同じやつだよね」
「うん。そうだね」
透夜から渡された二本の投げナイフを確認して絵理がつぶやいた。二人のやりとりを聞き、ソフィアも口を開く。
「私も投擲用の武器はいくつか持ってるし、何よりクロスボウがあるから平気よ。それは絵理が使って」
「ありがとうございます先輩! ……といってもまだまだ未熟なんですけどね」
絵理はそう言って小さく舌を出した。
杏花は腕に籠手を身に着けていく。絵理も自分が受け取った投げナイフを新たにベルトへと収めた。これで絵理が携帯する投げナイフの数は四本だ。
左右に籠手を装着し終わった杏花は、仲間の方へと向き直る。
「ど、どうですか?」
「格好いいよ杏花ちゃん!」
杏花が恥ずかしそうに尋ね、絵理が笑顔で答えた。透夜、ソフィアもその感想に同意する。
制服のブレザーに金属製の籠手と、普通に考えれば奇妙な出で立ちのはずだったが、意外にも様になっていた。
壁のボタンもすべて押し終え、もう用はないかとこの部屋を後にする透夜たち。
部屋から通路に出て歩く彼らはやがて曲がり角にまで戻ってきたが、突き当りの壁に丸い穴が開いているのを発見した。来るとき通った際にはなかったはずだ。
どうやら、さきほど四つ目のボタンを押した時に通路側から飛んできた火球は、ここから放たれたもののようである。
「ほんとうに色々な罠があるね……」
「ええ……気をつけないといけませんね」
絵理のつぶやきに杏花が同意し、透夜とソフィアもそれぞれ頷いた。